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紀の国いきいきトーク
「紀の国いきいきトーク」は、私が県内各地に出向いて、県民の方々と気軽に話し合い、県政に対する理解を深めていただくとともに、各分野で活躍されている県民の方々の生の声を県政に反映させていくために開催するものです。ここでは、様々な分野でいきいきと活動されている皆さんとのざっくばらんな懇談の様子をご紹介します。
第1回 紀の国いきいきトーク対談内容
平成19年2月12日 古道ヶ丘
<真砂市長挨拶>
紀の国いきいきトークの記念すべき第1回目の開催、地元市長として心から歓迎します。
かねてから、知事さんは「聞くことから始めよう。」とおっしゃっておられます。その意味で、県政を担っていかれる知事さんにとっても記念すべき第一歩で、語り部の「漂探古道」の皆さんとの懇談が大変意義深いものになることを祈念しまして、ご挨拶とさせていただきます。
<仁坂知事挨拶>
第1回目のトークをこちらに来させてもらってよかったと思っています。ただ、三連休でお客さんが多い中、おじゃまにならなかったかと恐縮しています。(お客さんに)皆さんのいきいきぶりを見せてもらって、和歌山県を好きになってもらって、何度も来てもらうのが、私にとっては一番うれしいことなので、今日来させてもらって「大丈夫かな」という気持ちもありましたが、先ほど「大丈夫です。」とお聞きして少し安心しています。
もう少しすると、(気候がよくなって)さらにお客さんが来るでしょうが、データを見ると平成16年に爆発的にお客さんが増えています。そうした中、NPOを作られて、頑張っておられる皆さんに本当に感謝したいと思います。熊野古道のようなところは、皆さんのお話を味わって、初めて意義が出てきます。
私も旅行が好きで、各地へいきますが、50人とかの団体で一緒に回って、ガイドを受けるのはあまり好きではありません。1対1か1対3くらいで、話しながらあちこち歩き回るのが大好きです。今日を機会に、また来させてもらって色々教えてください。聞きましたら700m一気に登る(コース)のもあるようですが、実はそういうのも大好きです。知事になって体が衰えたと言われないためにも、頑張って、また来させてもらいます。
<漂探古道メンバー>
お忙しい中、お越しいただき感謝しています。私たちは、昭和53年、熊野古道が中山道、奥の細道と並んで、日本三大古道に指定されたのを機に有志が大雲取り越えをしました。その時のメンバーから「熊野古道をもっと歩きたい。」などの声が上がり、会を立ち上げました。
ただ、歩くだけでなく、歴史を知って、古道を保全する義務があるのではないかということで、「史探会」としました。月1回の勉強会などを重ねた後、南紀熊野体験博を機会に、より多くの人が訪れてくれるようになったため、案内する語り部が必要ではないかということで、「漂探古道」に改めて、再出発することになりました。
その後、国交省の事業や県の子ども達との交流事業などの委託を受けるなどして、平成17年には、NPOの法人になりました。県のレベルアップ事業などもさせてもらい、海南の藤白王子の道の研究や、「熊楠と熊野」の講演事業なども予定しています。他にも、古道の清掃活動や(ゆかりの場所の)発掘も行っています。また、昨年11月には独自の事務所も開設したところです。
<漂探古道メンバー>
私は、観光協会の役員を30年やっていますが、これといった観光資源がありませんでした。ところが、熊野古道が世界遺産に登録されてから、人が押し寄せてきました。古道館の入館者も登録後は3倍強になっています。ただ、人が来てくれても、お金儲けは上手ではないので、今、県や市の方で「平成の旅籠」を準備頂いていますが、地域活性化に結びつくことを大変期待しています。
また、毎年7月に清姫まつりをやっていますが、安珍清姫の日高川町の観光協会と交流を深めつつあります。3月15日、人間国宝の吉田簑助氏の文楽がやってきますが、清姫の里の中学生にも見て欲しいということで、ご招待をいただいており、校長も積極的な意向です。
また、安珍清姫が通った道を整備してつなごうという計画もあります。清姫マラソンといって、女子だけ参加のマラソンも計画しています。色々模索中ですが、今後も観光振興の面でご尽力をお願いしたいと思います。
<漂探古道メンバー>
私は、漂探古道の研修を担当しています。語り部を養成するために、マニュアルを作ったり、ゆかりの人物等の資料を集めて、月1回の勉強会で活用しています。こうした座学に加えて、県の補助をいただき、高野山などへの現地研修もして、レベルアップに努めています。県の半額の補助をもう少しいただけたらなとも感じています。
<漂探古道メンバー(語学の専門家で、語り部組織「Mikumano」)を立ち上げる、英語が中心>
熊野は、高野山と違って非常に大きいので、見るというより感じるところだと思っています。
フランス大使の方も興味をもたれて、本当に楽しんで帰られました。来られた時は、あまり機嫌がよくなかったのですが、高原の方で地元の方と話されたとたんに上機嫌になられました。地元の素朴さを味わいにこられたようで、私たちも、カルチャーディズニーランドにならないように気をつけたいです。
<漂探古道メンバー>
一番心配しているのは、熊野の本当の意味や歴史を外国の方に正確に伝えていけてるのかということで、ここら辺が課題です。
<漂探古道メンバー>
私は、語り部になって2年半、初めは観光バスで、団体の一員として来られる方が多く、中には北海道や九州など遠方からも来られます。こうした観光プランでは、1時間半ほどしか歩かないため、もっと歩きたいと次は個人で来られますが、電車とバスのアクセスが悪く、1日歩こうと思っても、短時間しか歩けなかったという話も聞きます。電車とバスの連携がうまくとれないものかと感じています。
<知事>
大阪から田辺に3時間もあればきますが、そこからバスが出ないということですか。
<漂探古道メンバー>
前の晩に泊まっても、朝一番のバスがなかったり、学校のバスがあっても早すぎたりします。また、学校が休みの時はバスがなかったりするんですね。冬場にバスがないこともあります。
ただ、便利になりすぎると困るという方もいらっしゃいます。
<知事>
便利になりすぎてもいやといういう人や、便利になっても俗化したらいやという人もいます。
私は、熊野、高野系は景観条例か何かで規制したらいいとまじめに思ってます。大阪の街の中で遊びたい人とここに来て遊びたい人は全然センスが違う。ピンクの喫茶店なんかをだすと、せっかくのお客さんががっくりとくる。私は、皆さんのような活動が中心となる熊野古道であり続けることが、結果としてはお客さんが最も来ると思います。市長さんにもお願いして、ある意味では権利制限を伴うかもしれないが、早めにやった方がいいと思います。
<漂探古道メンバー>
(外国の方へのサービスについて)やはり、情報発信が大切だと思います。色々なツールを使って、正確な情報を発信していくことがポイントです。
<知事>
どこかにヘッドクォーターみたいなものが必要かもしれない。具体的な施設があって、そこに人がいてというものが必要です。できればそこに宿泊施設があればいい。そこになんとなく人が寄ってくるようなイメージです。
マレーシアは観光に力をいれてますが、そこにキナバル山があります。歩けば2日かかるのですが、やり方がピシッと決まっていて、1日目は3,500m位まで歩かして、2日目は御来光を見てとかセットになっています。ガイドは必ずついてきます。出発地には二つのリゾートがあって、一つは公園事務所の本拠地で、そこにガイドなど色々と申し込みます。そういう設計をきちんとやったらいいでしょう。
それから「平成の旅籠」は名前がよくない。熊野のイメージは平安朝、名前の再検討を指示しました。ただし、これはあくまで呼び水であって、一番いいのは趣味のいい民間企業が、コンセプトにピタッとあった民宿を作ること、(そうすれば)リピーターが増えてきます。これは、外国人でも日本人でも同じでしょう。
<漂探古道メンバー>
(以前バスガイドをしていたのですが)6年前に主人のUターンで中辺路に来ました。
山でガイドとして歩き始めて怖いと思ったのは自然です。特に雨で、その年は台風が多かったのですが、古道館で待っている時に、川の水が急に増水してきました。お客さんには、止めることを進言しましたが、どうしてもというので歩きました。警報の中を行ったことは、よかったのか、とにかくその時が一番怖かったです。
<知事>
やっぱりそれはいかんのではないですか。2日位じっとしてれば3日目には晴れるだろうから。その意味では宿泊施設は必要でしょう。
<漂探古道メンバー>
お客さんが歩いて立ち止まってくれる景観でないと、リピーターは望めないと思います。例えば(古道沿いには)人工林が多いのですが、四季折々の木がある方がいいなと感じています。
<知事>
人工林は、必ずしも熊野古道にマイナスではないでしょう。私は蝶々取りなので、山を歩くのは好きなのですが、和歌山の山を歩くのはそれ程でもなかった。でも、人工林でも50年たつとなかなかのものになります。今後は、うまく落葉広葉樹などを混ぜていくとよりよくなると思います。
<漂探古道メンバー>
(企業勤めの後)50年ぶりに帰ってきたので、熊野の文化、自然、生活など何も知りませんでした。漂探古道を知って、2年ほど前に入会し、語り部としてはかけだしですが、自分が熊野の魅力を発見するよりもお客さんに教えてもらうことが多いです。「熊野の空気は甘い。」などと言われるお客さんもいて、そういう魅力は地元におってはなかなか感じられません。
都会(特に東京)のお客さんの感度が高く、教えられることも多いです。
<知事>
そういう話はよく聞きますが、私は比率一定の法則だと思います。関西の人はどっと来るけど、割合として真に熊野古道を歩くような人はそんなにいないかもしれない。関東の人は、どっとは来ないけど、ものすごく好きでくるので、感じるのかなとも思います。
今度、プロモーションをかけるなら関東の人の方がいいかもしれないですね。
<漂探古道メンバー>
旅行会社のツアーの力もあると思います。今、南部から本宮まで7回に分けて関西から来るツアーがあります。その結果リピーターになってくれます。そうなるためには、旅行会社の企画力と、それを受け止める我々の力だと思っています。
<知事>
私からの質問ですが、皆さんは他に生業をやりながらの方が多いんですか。
<漂探古道メンバー>
塾の経営者、Uターンで来られた方、家庭の主婦、定年退職組など様々です。
私自身、和大の観光学科がどういう人材を送り出すか非常に関心があります。文化に力を置くのか、現場に役立つ人材育成に力を置くのか。
<知事>
もう一つ質問です。多忙な時は案内はどれくらいするのですか。
<漂探古道メンバー>
ある方は多い時で月に20日位です。またある方は2日~3日に1回位ですが、世界遺産になった頃は皆さんほとんど毎日でした。
それと、昨年11月に独立した事務所を構えました。今年の1月から女性の事務員も採用して、業務にあたっています。
<知事>
そうすると、事務所の認知度がポイントになってきますね。
<漂探古道メンバー>
営業活動をやっていますが、経費もかかるので、謝金の20%を徴収して、運営に充てています。
<知事>
(観光客に対して)うまく紹介、あっせんするシステムになればいいですね。
<漂探古道メンバー>
独立に際しては、ホームページを立ち上げました。また、独立のことを観光会社にお知らせしたり、道の駅で土、日、祝日にパンフレットを配ったりしてPRしています。
(話は変わりますが)初夏の大辺路にはテングチョウの大群が来ますよ。
<知事>
それは、6月に羽化して仮眠するんです。翌春現れて6月くらいまでいます。だからある時期は2世代がいることになります。わんさかいるでしょう。
<漂探古道メンバー>
会員のうち、今22名が語り部として頑張っています。そのうち65歳を過ぎた者が非常に多いんです。今から若い人に入ってもらって、引き継いでいきたいのですが、その点は心配しています。
ただ、語り部の仕事は観光振興には役立っていると自負しているので、頑張っていきます。
<知事>
若い人にやってもらおうと思ったら収入も大事でしょう。商業的に成り立つようにしないといけないが、その時に質をどう確保するか。そういう部分は、行政としても(支援が)必要なのかもしれないですね。
外国へ行くと、ガイドさんにものすごい資格試験があり、ある意味特権になっています。それはどうですか。
<漂探古道メンバー>
外国語の方は非常に難しいです。
<知事>
最後の質問ですが、名前の由来を教えてください。
<漂探古道メンバー>
最初は、史探会だったのですが、そんな堅苦しいことでなくて、みんなでゆっくり力を入れないで勉強していこうということで、漂探になりました。
<知事>
漂って探るというのは、哲学的に非常に深いものがありますね。本日はどうもありがとうございました。







