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知事からのメッセージ

知事からのメッセージを紹介します。

平成29年6月のメッセージ

平成29年6月

加計学園問題について、忖度の是非に加えて、本当に大事なことは何か?

 このところ、TVや新聞で、加計学園問題が取り上げられない日はないという状態です。前川喜平前文部科学事務次官が、文書を見た、ないというのは嘘だと言ってマスコミに登場したものですから、最近は、総理又は官邸の重要人物がこれを推進したのかどうかということと、文書があったのか、なかったのかということばかりがマスコミに取り上げられています。野党の方々も、それが問題だと言っているところがよく出てまいります。
 前川前次官には、和歌山県で今推進している三つの大学の設置許可についてお願いに行ってお会いしたことがあります。中々人当たりもよい、物の分かった人だなあと内心評価していたのですが、文書があった云々の話以上に、そんなに不満があった案件なら、どうして現役の役人の時に反対を唱えて体を張って抵抗しなかったのか、その時従っておいて退職してからおかしいと言うのは立派な役人とは言えないなあと、昔役人であったことを誇りとしている私としては失望を禁じ得ません。世の中では、忖度という言葉も広く語られていますが、私は、「忖度」を許す行政風土を作らないように努力しようという意見です。この点については前に書きました(県庁HP5月のメッセージ「忖度」)。
 しかし大事なことは、そういう話ではなくて、獣医学部の新設の許可が本当に正しかったのかということではないでしょうか。

 私も知事就任以来、この種の仕事にずいぶん首を突っ込みました。和歌山大学観光学部の新設、和歌山県立医大の定員の大幅拡大に続いて、最近では、東京医療保健大学の看護学部の和歌山への誘致、和歌山県立医大の薬学部の新設、そして和歌山信愛女子短大の4年制大学の新設と、大学の少なかった和歌山県、和歌山市に3つの大学を一挙に開学させる運動を一生懸命やっています。大学を作る時は、大学設置・学校法人審議会の審議を経て文部科学大臣の許可を得なければなりません。したがって、もちろん将来の経営の展望など重要な検討項目があるのですが、これに加え、この手続きをどう乗り切るかが大変大事な仕事になります。

 以上の数ある仕事の中で、一番困難であったのは、和歌山県立医大の医学部の定員拡充の案件でした。和歌山県には国立大学で医学部はなくて、和歌山県立医大が県内の唯一の医師養成校です。
 和歌山県立医大の医学部定員は、ずっと60人でして、和歌山県もそう人口が多いわけではありませんが、もっと人口の少ない他県の医学部定員に対しても随分と少ない定員に甘んじてきました。特に研修医制度が厳格化された最近は、病院勤務医の不足が顕著で、このため病院の救急医療が次々と崩壊して、東京や大阪ですら救急車がたらい回しにされて救急患者が死んでしまうという事件が起こっていました。しかし、和歌山県は、和歌山県立医大が長い間立派な教育をしてきた結果、研修医として大学病院や医局に残ってくれる若い医師が他大学に比べて多く、その医師を大学が欠員の出た県内の拠点病院に次々と送ってくれていたために、辛うじて病院の崩壊と救急医療の破綻が回避されてきたのです。ところが、それも限度があり、がんばっている医師に援軍をさし向けなければなりません。そのためには、もっと医師を多く養成して、そういう勤務に行ってくれる人たちの母数を増やしておかなければならないという状況にありました。従って私が知事になりました平成18年以前から、和歌山県立医大医学部の定員増は、県の悲願だったのです。
 しかし、これに立ちはだかっていたのが平成9年の閣議決定で、全体の医療費を増やす原因となるからという理由で、医師それに歯科医師、獣医師の養成数は一人たりとも増やさないことを政府が決めていたのです。それを知った時、私は和歌山県立医大医学部の定員増はまず無理かなと思ったのですが、玉砕覚悟でやれるところまで頑張ってみようと思ったのです。すると、何がどうなったかは説明を省略しますが、何と要求が通り、県内拠点病院に一定期間勤務することを宣言した者に限り20人の増員を認めるということになってしまったのです。(これを県民枠と言います。)併せて僻地医療に従事することを約束する者5人も、これは全国各県一律に認められました。(これを地域枠と言います。)一旦認められるとはずみがついたのでしょうか、その後定員増は毎年行われ、今や和歌山県立医大の医学部定員は100人、近畿大学医学部に認められた和歌山県地域枠が10人ですから、今や和歌山県は110人の医師養成ができるようになったのです。

 それでは何故このように医師の養成に制約があったのかというと、先程申しました医療費高騰の他に、医師の数をある程度に抑えておかないと医師が過剰になって、安定的な生活ができなくなるという意見もあったやに聞いています。実は同じような参入障壁を持っている、あるいは持っていたのが、医師、歯科医師、そして問題の獣医師なのです。また、随分数が増えましたが、弁護士の数を増やすことも、弁護士を生業としている人から大反対を受けていたことも事実です。

 そういう時、既に資格を持っている人達からは、もう有資格者の数は十分で、これ以上増やすことは粗製濫造になると言った反対意見が上がります。確かに医師は直接人の命に関わる仕事ですから、いい加減なことで資格を与えるということは間違っていると思います。しかし、その背後に、弁護士や医師のように数を制限されていた業種に限って高収入を安定的に保証されている人が多かったという現実も忘れてはならないでしょう。実は獣医師の養成学部設置も和歌山県でも検討したことがあります。しかし、色々と調べてみると、ペットクリニックをやっている獣医師の方々が、これ以上参入が増えると過当競争になって、生活が脅かされると言って強烈に反対しているという背景も分かってきて、そのうちに断念をしてしまいました。
 実際はどうでしょうか。ペットクリニックの方々の生活の実態がどうかについては語る材料がありません。しかし、獣医師は、そういう所でだけ活躍しているわけではないのです。県庁でも、薬務行政、保健所、鳥獣害対策、動物愛護、畜産試験場、家畜保健衛生所、食品安全など様々な局面で、その知識を生かして働いてくれている人がたくさんいるのです。しかし、本当にそういう人が不足しています。そういうことをしてくれる獣医師が少なくて、なかなか採用ができません。とても苦労しているのです。このような状況は一人和歌山県のみならず、全国の多くの公共団体などで見られる現象だと思います。
 したがって、明らかに獣医師養成数は増やすべきなのです。それが今回の加計学園問題の本質のはずなのに、そういう事を野党も全く言わないし、与党もあまり主張していないように見えます。マスコミに出てくる論者も言いません。言っているのは、元通産省の後輩で現在慶応大学の岸博幸教授ぐらいです。少なくともマスコミ報道しか情報のない私にはそう思います。(最近になって加戸守行前愛媛県知事が新聞紙上で発言しておられます)

 日本にとって大事なのは、獣医師の養成数を増やすことが是か否かであって、和歌山県の行政をあずかる私の意見としては、絶対に是です。それが是であれば、官邸の重要人物であれ、内閣府の役人であれ、誰が推進しようと大した問題ではないということではないでしょうか。又それに次いで大事なことは、手続きが公平に正当に行われているかどうかという事であって、経営者が誰と親しいとかいうことなど、汚職でもあるのなら問題だが、そうでなければ大した問題ではないのではないでしょうか。
 同じ事は、少し前まで、同じような論点でさかんに取り上げられていた森友学園の問題があると思います。あの問題については、大事な事は、財務局が示した瓦礫処理代を込めた単価が正しい計算であったかどうかにつきるのではないかと私は思いますが、マスコミ報道で私が知りうる限り、これを問題にして論陣を張っている人は知りません。そのように思うのは私一人でしょうか。 もっとも、私は加計学園の問題のような改革を特区という方式でやるのは好きではありません。特区というのは、誰かの判断で、日本の中で特別な制度の適用される地域を作るということですが、私の嫌いな点は二つです。
 一つは、どんなに良い目的のためであっても、日本の中で地域的差別を作ることには変わりはないということで、やはり、堂々と日本全体に適用されるような形で、政策展開をしていったらいいということです。それは難しい、各省の抵抗が大変だということもあるかもしれませんが、特区で一部だけなら許すと抵抗勢力が簡単に引き下がるでしょうか。それに、どうせ特区の時も政治的に内閣全体で決然と意思決定をするのでしょうから、特区で意見を表示して見せるのなら全国でも同じ意思を表示して見せて、抵抗勢力を押し切れば良いのではないでしょうか。
 もう一つは、特区の場合、箇所付けという人為がどうしても入るということです。私は政策は、客観的基準を作って、できるだけ恣意性を排した方が良いと思っていて、和歌山県の制度でも可能な限りそうしていますが、全国を相手に客観的な基準をまず示し、それをクリアーにして上がってきた案件だけを政策の対象とするとした方が私はスマートだと思います。
 そういう意味で私は特区制度による改革は好きではありませんが、好き嫌いで行政をしてはいけませんので、和歌山県も特区という制度がある限り、自らに有利である場合はうまく使わせてもらうべきだと思って、実際そうさせていただいています。

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