現在表示しているページ
ホーム > ようこそ知事室へ > 知事からのメッセージ > 平成29年5月 忖度

メニューをとばす

知事からのメッセージ

知事からのメッセージを紹介します。

平成29年5月のメッセージ

平成29年5月

忖度

 最近の国政を見ていますと、森友学園への国有地払い下げ問題とか加計学園の獣医学部開設の許可の問題とかで大騒ぎのように見えます。二つの問題はいずれも前者の経営者は安倍総理の夫人の知己で、後者は総理本人の長年の友人であることから、そういうトップの意向を財務省やら文科省の役人がおもんばかって、手心を加えたのではないかという疑いがあるということだと思います。双方とも安倍総理が自分は便宜を図れという指令を出したことはないと明言しておられるし、テレビの画像を見る限り、あのように決然と発言しておられるのを見ると、それはそうだったのだろうと思う人も多いのだろうと思います。問題は部下が上のことをおもんばかって、必要以上に何かしたのではないかということであろうと思います。つまり、忖度の問題です。

 かつて、有力知事が「忖度はどうしてもあるよ。」といった感じのことをおっしゃったと記憶していますが、私は行政というのは公明正大、公正に論理的に行わないといけないと思っていますので、忖度を許してはいけないと思います。と言っても、トップの権威や人気が高い時は、部下の人々はどうしても忖度を加えたくなるものかもしれません。そうすると、トップは自分の知り合いから得られた情報は伝えないようにするか、友人、支持者、ファン等の知り合いとの関係を極力切ってしまうかしないといけなくなるかもしれません。

 それは駄目で、またどうかと思うわけであります。我々政治や行政に携わる人はうんとアンテナを高くして、外からの様々なお願いや苦情、意見や提言を伺った方が良いに決まっています。また、その結果得られた情報を自分なりに整理し、是非やるべしと思ったアイデアは部下に指令し、やるべきではないかな、どうかなと思った考えは部下に命じて検討してもらう方がいいに決まっていると思うのです。従って、何か文句を言われると嫌だとお付き合いも絶って引きこもってしまう政治家や行政のトップはいけないと思います。

 ではどうしたら忖度を防げるでしょうか。常に論理的な行政を心がけ、部下にもそう徹底することだと思います。論理的な行政とは、本件は県民の幸せと県の発展に資するか。そういう目的と採ろうとする政策や手段は適合的かどうか、コストパフォーマンスはどうか、全体の法秩序の中でどのくらいの相場の所にいるか、過去の事例や横並び上公平を欠くことがないかどうかといったことをちゃんと詰めて、少なくとも誰にでも説明できるようにすることではないかと思います。
 和歌山県では徹底的にこれを追求しています。自分もそう心がけているし、庁内でも常にそういうメッセージを出して職員も同じ気持ちでやってくれるようにお願いしています。しかし、人間のやる事、ひょっとしたら部下の忖度行為によってこれらの論理性が歪められてはいないかを常にチェックしておく必要があります。私も外からの情報に接して、部下に「こういうことを言われたけれど、やるべきか否かどう思うか。」と検討を命じることがよくあります。実は県庁外の人から聞いたことで、自分ですぐGOと考えて、いきなり実施を命じることはえらく少ないのです。まずは皆でよく考えてからということです。ただし、わりと短い時間で。だらだら延々考えてその結果、佇んでいてはいけません。検討結果が上がってくるのですが、中には、あれ、これはひょっとすると情報源との私自身の関係などを忖度して、過剰に積極的になってないかなと疑うことがあります。その時は、私は、「これはやりましょう。」という部下に、「なんでやるの?やるべきと思う理由を言ってみて。」とわざと反問しています。そしてその答が万人が聞いても納得的だと思ったら初めて、GOのサインを出すのです。そうやって、色々と詰めておれば、誰かが、あれは知事の知り合いが言い出したことだから採用されたのでずるいのではないかなどと言い出した時にも、理路整然と説明責任を果たせるのです。

 実は、和歌山県庁にも昔はある種の忖度文化があったように感じたことがあります。私は就任以来、投書は、手紙であれ、電子メールであれ全部読んでいます。そして、要検討だと思ったことは、「どうですか。」と担当部署で検討してもらうのです。その中には、家の前の道が荒れているのできれいにして欲しいと言ったタイプの投書もあります。私は時間があんまりありませんので、返事が出せる時と出せない時もありますが、出せる時も長々と書けないので、「検討してもらいます。検討結果は担当から。」といったショートメッセージをお返しし、同時に担当にやるべきか否かどう扱うべきかを検討して報告してもらっているのです。
 ところが、今はもうありませんが、就任当初驚くべき事が起こりました。検討を命じてその結果の回答を待っていると、随分と時間がかかるなあと思っていたら、何と結果報告をする担当の人の第一声が「例の件は、その後早速直しておきました。(えらいでしょうという感じ)」と言うものでした。それはいけないではありませんか。まず、訴えはよく耳を傾けるべきだけれど、道路を直す、改良するといったことは、全県的に公平に論理的に優先度を検討し、その高い順に手を付けていくべきものです。知事にメールで要望したから手を付けてもらえるというものではないはずです。陳情の変なバイパスができてはいかんのです。
 当時の「文化」では、担当職員は、自分の担当する案件で知事に苦情があって、知事に心労をおかけした。申し訳ない。早速その原因を絶って、すなわち、苦情の基を無くして、知事にこれ以上心を煩わせていただかないようにしました。といった状況ではなかったかと推測しています。もとより知事など、そんな心配をしてもらうほど偉くはないし、様々な苦情、要望にも耳を傾けて、ありのままの県政を取り巻く状況を頭に入れるのが、その仕事であると私は思います。厚意は嬉しいが、そんなことでバランスをなくした県政をやっている県庁の、そのトップであることの方がずっと嫌な事です。
 従って私は、「本件はどうかね。検討してくれる?」という指令メモを出しているので、「何とか直しといてね。」などと言ったことはないのです。

 以上のことを担当職員に言って聞かせ、「次からは、こんな事をしてはいけません。検討せよと言う時は、それ以上のことを勝手にしないで、その結果を持って相談に来て下さい」と命じました。さらに、他の人も同じ事をしそうだなあと思ったので、全庁的にそのような指令を出してもらいました。それでも同様な事例は、その後少しだけ起きましたが,その後収束していると私は思います。
 トップたる者、部下の忖度によってまつり上げられているというのは、よくありません。プライドも傷つきます。とは言え、自分の所に寄せられたお願いや苦情や意見といった情報は、遠慮せずにどんどん検討の対象とすべきだと思います。その上でその処理に当たっては、本人はもちろん全組織的に公正に論理的に行うべきであると思います。不合理な忖度はいけません。そして、それを防ぐためには、ちょっとした防止テクニックがいるのかもしれません。

このページのトップに戻る