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知事からのメッセージ

知事からのメッセージを紹介します。

平成27年11月のメッセージ

平成27年11月

下妻博さんと佐藤茂雄さんを悼む

 二人の関西財界の巨星の訃報に接しました。寂しい限りです。関西にとってはもちろん、和歌山にとっても大変な心配りをして下さったお二人で、本当に感謝しています。十分にお礼を申し上げる間もなく幽明境を異にされたのは返す返すも残念です。お二人とも文字通りの巨星ですので、様々なご功績がおありですから、それをすべて讃えるのは到底私の任にあたらないと思います。天国のお二人に私の心の中の、本当はご生前申し上げたかったお礼の気持ちを申し上げたいと思います。

 下妻さんは、おそらく住友金属社長として最も苦しかった時代を乗り切られた方ではなかったかと思います。ちょうど私は、その頃担当の製造産業局次長をしていたのですが、住金が存続できたのは、下妻社長の御努力と新日鐵三村名社長(現日本商工会議所会頭)をはじめ関係の方々の御協力があったからだと思います。
 当時の今井名製造産業局長(現日本エア・ウォーター社長)から、新日鐵、住金、神戸製鋼の三者アライアンスができたよと成案を見せていただいた時は、住金をつぶしてなるものかと銀行回りなどをしていた私は本当に救われる思いでした。下妻社長は繊細な中にも豪胆の方です。あの危機の時に下妻社長を戴いていたのは住金にとって僥倖であったと思います。
 ブルネイに大使として赴任する時、「頑張れよ」と送って下さった下妻さんに、今度は「和歌山県に帰って参りました」とご挨拶する運命になりました。そこで分かったことは、あの大変な時期、住金和歌山製鐵所は次世代のことを考えて、最新鋭の転炉を作り、高炉の新設を決めておられたという事です。和歌山製鐵所の幹部から聞いた「あの大変な時に次のことを考えて設備投資を怠らなかった当時の経営者は本当に偉い。」という言葉に私もまったく同感です。そしてこの事は、平成18年の転炉技術の大河内生産特賞受賞につながってまいります。また、知事になった私は、下妻さんの率いる住金に大変な無心をしました。住金に和歌山県立医大の研修棟を建ててもらったのです。知事就任当時、私が一番力を尽くしたのは、県に医者を確保することでしたが、奮闘している和医大では、研修医の研修のためのスペースがなく、体育館でパーティションを立てて聴診の訓練をしているというような話を当時の学長に聞いたものですから、これではいけない、すぐに建てようと思いました。でも、県費を投入してもいいけど、出来ることなら住金に建ててもらって、県民の皆さんに住金がいかに和歌山県のために貢献してもらっているかをよく見えるようにしたいと考えたのです。そのためには、県民の願いである医師確保に住金が協力してくれていることを示したいと考えたのです。というのは、下妻さん始め当時の住金の首脳陣は熟慮の結果、この申し出を受諾してくれました。大変な出費なのです。さらに私が感激した事は、住金はこれ見よがしに自分が建ててやったと言いたくないので、建物の外観に住金の名を表示するのは遠慮しますとおっしゃった事でした。そういうまことに立派な住金の心意気を守りつつ、あの苦難の時代を社長として乗りきられた下妻さんは本当に偉大な人だと心から思います。そして、新日鐵との合併を見事に仕上げられて、下妻さんは退かれました。最近は忙しさにかまけていて、お目にかかっていなかったところ、突然のご訃報でした。またあの豪快な話しぶりに接することができないと思うと残念でなりません。ありがとうございました。

 佐藤さんにも大阪商工会議所の会頭というお立場を超えて、和歌山県も私もお世話になりました。京阪電車を率いられた大経営者として大商の会頭に就任された訳ですが、佐藤さんの視点は常に関西全体さらには日本全体にあったと思います。我々関西広域連合と財界の会合でも、最も厳しく我々を叱咤激励してくれました。それも、京阪神のみならず、和歌山や鳥取といった周辺県のこともよく考えていてくださったと思います。和歌山県でも岡畑精記さんや小谷泰造さんのように大変親しい御友人がいて、和歌山によく来て下さり、私も含めて大変楽しくかつ有益なお話もよくして下さいました。特に観光振興のため積極的に手を打つべきポイントなど、佐藤さんの御見識におすがりしている所はたくさんあります。近頃、体調を崩されたのかお痩せになりかつ声が少し出にくいのではという印象を持ち、少々心配をしておりましたが、それでも相変わらず元気に様々なご指導をして下さり、かつ、最近は段々と回復されているように拝見していたので喜んでいたのですが、つい先日、大商の会頭を大阪ガスの尾崎会長にお譲りになったという報に接し、また少し体調がお悪いのかなと心配しておりました。そうしたら25日、なんと大商会頭を退かれてすぐ20日お亡くなりになっていたという事を知りました。最後まで責任を全うし、後事もすべて完璧に整えられてからの御逝去で、見事な最期だと今更ながら佐藤さんの偉大さを思わずにはいられません。安らかにお休み下さい。ありがとうございました。と同時に佐藤さんに御薫陶を受けた者として与えて下さった宿題をこれから果たしていかなければならないと改めて責任を感じているところです。

 和歌山の恩人お二人の御冥福をお祈りします。ありがとうございました。

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