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知事からのメッセージ

知事からのメッセージを紹介します。

平成26年5月のメッセージ

平成26年5月

西口勇知事を悼む

 5月9日西口勇元知事がお亡くなりになりました。心からご冥福をお祈りいたします。
在職中に病に倒れられ、辞職のやむなきに至られましたが、お聞きをするところ、お元気で談論風発の才がおありの方であっただけに、県政であれもやりたいこれもやりたいというお気持ちから、途中辞職はさぞや無念であられたことと思います。
 実は私は、ご生前の西口知事とはお会いした事がありません。私は、8年前知事に就任した時、今まで和歌山県を背負ってこられた知事の方々の重職を継ぐのだから、就任前に是非ご挨拶をし、故人の方にはお墓にお参りして県政に全力を挙げますとお誓いをしてこなければと思いました。
 就任日県庁に初登庁をする前に、小野知事、大橋知事、仮谷知事の歴代知事の墓前に額ずいて参りました。ご健在の西口知事にはご挨拶をと思いましたが、ご療養中であり、特に仕事関係のお客さんが見えた後は病状が思わしくないのでと固辞されましたので、奥様をご自宅に訪問させていただき、ご挨拶を申し上げてから県庁に向かいました。奥様は大変お元気でいらっしゃったのですが、その後ご病気になられ西口知事よりも先にお亡くなりになったのは驚きでした。そして5月9日。しかし、お二人のご子息もご活躍中ですし、お孫さんもいらっしゃって西口家のご繁栄は救いであります。

 西口知事は、お立場上、語り尽くせぬような立派なお仕事をたくさんされたと思います。求めに応じて別添の知事コメントを公式に出させていただきましたが、西口知事のご業績で、今の私から見て最も印象的な事は和歌山県の宝物である「紀伊半島の霊場と参詣道」の世界遺産登録です。西口知事は、特に熊野古道を自ら歩かれ『くまの九十九王子をゆく』という大作の著作もおありでありますが、この熊野古道の世界遺産登録には並々ならぬご意欲をもたれ、努力をされたと私は推測しています。何事も上手くいくと「あれは私がやったんだ」と功を誇る人が出てまいりますが、私が冷静に分析したところによりますと、高野・熊野が世界遺産になれたのは、あの絶妙なタイミングで文部科学省が動いてくれたおかげだと思いますが、その文部科学省が動いてくれたのは、西口知事の見識と熱意と、それを上手く文部科学省に伝えられた小関元教育長の働きと、故後藤高野町長らの高野山グループの働きがあったからであると私は思っています。これらの働きにより、高野・熊野が世界遺産になったのは2004年、既に西口知事は知事を退かれた後ですが、その認定の功は西口知事にこそ献上すべきものと私は思います。

 5月11日のお通夜、12日のお葬式は、西口知事のご遺徳を偲び、大勢の方々が参列されました。私も、西口知事が若い頃から、ずっと献身をし、そして知事として尽くされた和歌山県庁の現在の代表として、立礼に立たせてもらいました。
 遺影のお写真は、県民の全てに微笑んでおられました。

 安らかにお旅立ち下さい。合掌。

《別添》

西口勇元和歌山県知事逝去に伴う知事コメント

 西口元知事さんの逝去の報に接し寂しい限りであり、大きな悲しみを禁じえません。
 西口元知事さんは、県庁入庁後地方行政一筋に歩まれ、平成7年知事に立たれて以来、2期約5年にわたり和歌山県発展のため、獅子奮迅のご活躍をされました。その間、体調を崩されることもあったようですが、強い使命感の下、全力で駆け抜けてこられた在任期間であったものと思います。
 知事就任時は、県内7地域に振興局を設置し、各地域の特性に応じた行政が行える体制を確立されるとともに、「きのくにホットライン」を開設し、県民の声を県政に反映させる開かれた県政を実践されました。
 平成11年には、従来型の博覧会とは一線を画した「南紀熊野体験博」を成功に導かれ、熊野古道をはじめとする和歌山の歴史・文化を広く国内外に発信されました。さらに、巡礼道という共通点に着目し、スペイン国ガリシア州との姉妹道提携協定を締結されるなど、平成16年の「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産登録は、西口さんの先見の明に基づくものであったと言っても過言ではありません。
 折しも、本年は世界遺産登録十周年に当たります。西口さんの御功績に対し改めて敬意を表するとともに、和歌山のさらなる発展を目指し、全力を注いでいくべきであると決意を新たにしているところです。
 御生前の御功績を偲び、衷心より哀悼の意を表します。
 どうか安らかな旅立ちでありますよう、心から御冥福をお祈りいたします。

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