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知事からのメッセージ

知事からのメッセージを紹介します。

平成21年7月のメッセージ

平成21年7月1日

やったふり行政

 旅をして道路を走っていると、さまざまなスローガンを掲げた看板とかのぼりとかをよく見かけます。また、県から出されたものも含めて世の中には多くの啓発的なかけ声を記したビラなどがたくさん存在しています。最近はバスの車体にもこのような標語が見られます。皆すばらしい内容が書かれていて、訴えるものがあることは事実ですが、その訴えを必要とする不都合な事態はなかなかなくなりません。
 私は、行政の目的は、このような実態としての不都合をなくすことであると思います。和歌山だけ整備が遅れている結果、和歌山を日本の発展から取り残すことになった高速道路を整備すること、人々の暮らしから差別をなくすこと、青少年を麻薬や暴力や非行から守ること、さまざまな自然災害から人々を守ること・ ・ ・ ・ ・。そのようなことを実現するためには、スローガンや標語を掲げることも有益かもしれません。実は、のぼりを立てたり、パンフレットを作ったりするだけでも、行政的にはかなりの労力と経費がいるのですが、のぼりやパンフレットを作ったら自分の仕事は終わりと考えてはいけません。それだけで県民が幸せになるわけではないからです。もっと地道な努力を多くの人々を巻き込んで行うことが大事で、そのための戦略を立て、制度を作り、ねばり強い努力を継続することが大事であると思うのです。スローガンや標語によって、私たちはそのことを忘れてはいませんよ、私はがんばっていますよと自己弁護することだけで終わってはいないでしょうか。行政がこういう活動だけで終わっては、それは「やったふり」にすぎません。
 世の中には、こういう「やったふり」活動がいかに多いことでしょうか。梅原猛さんは、日本の文化や伝統の大きな要素として「言霊信仰」という面を挙げておられます。「こうなってほしい。こうすべきだ」と言葉に出して唱えるだけで世の中がそうなるかのように思ってしまうということです。私は、今でもこのような一面を日本社会は持っていると思います。私は、啓発活動は大変大事であると思います。そのために、シンポジウムやセミナーや街頭活動がたくさん行われますが、参加した人々がそれに影響され、例えば、心を入れ替えればすむといったテーマであればそれで十分ですが、それだけでは社会は良くならないというようなテーマであれば、さらに継続した努力がいります。唱えるだけでなく、実現のための構想、戦略、制度作り、そしてねばり強い行動です。
 しかし、日本では唱えることがもてはやされ、その唱えられた目標達成のために、戦略を立てたり、仕掛けを作ったりする努力を正当に評価しないところがありはしないでしょうか。例えば、平和と戦争回避です。我々日本人は、心の底から平和を願い、戦争を避けたいと思っていると私は信じています。しかし、平和を唱え「戦争はしないぞ」と声高に唱えている人は平和主義者だと好感を持って受け取られる。一方、平和の達成のための抑止力として、外交戦略や軍事バランスをどう考えなければならないかなどということを本気で論じる人は、好戦論者のように見られて嫌われがちです。政治や行政がこうではいけません。梅原さんと同じような視点から日本史を見ておられる井沢元彦さんによれば、平安時代の政治とは和歌を詠むことであったそうです。貴族たちが、天下が平和でありますように、民が安らかに生活できますようにと美しい巧みな和歌に詠むことで、本当に平和や人々の良い暮らしが実現できるといった擬制で政治ができていたそうです。これぞ究極の「やったふり」行政です。もちろん、このようなことで現実の世は変えられません。
 もう少し考えますと「やったふり」行政には二通りあります。一つは、何もしていないと人に批判されるので、何か少しやった形をとっておこうというものです。これはまあ「アリバイ作り」です。もう一つは、その行為が結果から見るとあまり効果がなくて「やったふり」にすぎないのを、当事者がほとんど気付いていないことです。先の平安時代の為政者の和歌による行政などは、今の我々から見ると馬鹿なことと思われるかもしれないのですが、当時の為政者の人々はそれこそがすべてで、それをやっていればよいのだと思っていたように思われます。現代の「やったふり」行政の場合でも、実はこのケースの方が多いのではないでしょうか。このケースは、当事者は大変真面目で、最初のケースのようにずる賢く考えていないので、良心が痛みません。したがって、その限界になかなか気が付かないのです。これは、正しくは「やったつもり」行政と呼ぶべきかもしれません。
 現代の県の行政がそれではいけません。本当に困っている県民がたくさんいて、本当に不都合な事態があちこちにあるのですから、その解決のために、「やったふり」「やったつもり」に留まらない本当の努力を県は全員一丸となって続けていかなければならないと思います。

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