現在表示しているページ
ホーム > ようこそ知事室へ > 知事からのメッセージ > 平成20年1月 「国家の品格」に思う

メニューをとばす

知事からのメッセージ

知事からのメッセージを紹介します。

平成20年1月のメッセージ

平成20年1月4日

「国家の品格」に思う

 ベストセラーになった「国家の品格」の作者藤原正彦氏が、昨年末に読売新聞の「時代の証言者」という欄で連載をしておられました。藤原氏は「日露戦争くらいまでは、日本は本当に立派だった。捕虜を厚遇し、武士道精神にあふれていた。明治時代の将軍は高い道徳性を身に付けていた。それが、日露戦争後は高慢になってしまった。大東亜戦争での将軍たちの品性は格段に落ちてしまった。武士道精神の衰退だ」と述べておられます。(一部省略引用)私は、氏の意見に共鳴する一人ですが、先の戦争の末期でも、日本には紳士として振る舞うことができた軍人 − 政治家も何人もいたことも知っています。その一つの例が、鈴木貫太郎首相によるルーズベルト大統領への弔意のメッセージの発出です。昭和20年(西暦1945年)4月、米国大統領F・ルーズベルトが亡くなりました。その時、日米は交戦中。戦局は日本に極めて不利で、一億総玉砕という雰囲気の中にありました。その時、鈴木貫太郎首相は大略次のようなメッセージを、同盟通信(現在の共同通信社と時事通信社を併せた通信会社)を通じて世界に発出しました。「米国大統領ルーズベルト氏の死去を、日本国民を代表して心から悼む。現在、残念ながら日米は交戦中であるが、米国が有利に戦いを進めてきたのは、米国における氏の卓越した指導力の賜である」。
 同じニュースを聞いたヒトラーは「極悪人ルーズベルトに遂に天の鉄槌が下った」というような声明を発しています。これを見たトーマス・マンは、当時亡命中であったスイスから「我がドイツ民族の騎士道の地に堕ちたのを見よ。東洋の国の首相の態度こそ、騎士道ここにありということを物語っている」と言って嘆いたそうです。

 私は、少しの間だけ大使の職に就き、多くの外国及び外国の人々と付き合い、外国、特にアジアの国で日本がどう見られているかということを常に考えてきました。私は、まだまだ日本人は品格のある国民であると思います。戦後60年間、一貫して戦争を悔い、平和に徹し、途上国の発展を助けてきました。経済的にも、世界の経済秩序が吹き飛ばないように、自ら譲るべきところは譲ってきたと思うのです。あまりの成功故に、時々、自信過剰になることはあっても、また反省して、そう高慢にもならず世界中の人々を、人間として対等に遇してきたと思います。特に、バブル崩壊後の世界で活躍する日本のビジネスマンは、本当に立派だと思いました。中高年のご夫婦連れの旅行者などを見ると、特にそう思いました。日本の中で、時として語られる自虐的と言われるマスコミ報道と違って、私のいたブルネイや他のアジアの国々は、他のどの国よりも日本人を十分敬意を持って見てくれていると思いました。

 高慢にならず、まじめに正直にビジネスを行い、正邪をわきまえて、弱い人や貧しい人を軽蔑しない・・・。まだまだ、日本人はこういうイメージを持たれていると思います。このためには、数え切れない日本人の、数え切れない苦労があったと思います。
 日本の中でもそれぞれの地域で、これからはますます品格が問われてくると思います。他地域の人々からどう評価されるかということを通じて、その地域の成果が違ってくるということは前月のメッセージに述べたとおりですが、同時に、品格を持った生き方をしていることが、結局は、その人にとっても、その地域にとっても成功への近道ではないかと、最近お会いした多くの方々とのお話から私は思うのです。折しも、最近その一つの例に出くわし、大変嬉しくなりました。

 和歌山市のあるレストランでお会いした女性から、とてもいいお話を聞きました。彼女のご子息は若い時からバイオリンの名手で、今は高名なバイオリニストになっておられますが、お母さんが言われるには、彼が世に出ることができたのは数人の和歌山の資産家が、彼の才能を見込んで大変立派ですごく高価なバイオリンを購入してくださったからだそうです。彼は今でも公演のたびに「私が今日あるのは、このバイオリンのおかげです。これはその方々から今でもお預かりしているつもりで弾かせていただいています」と言っているそうです。
 彼は、高校2年の時、コンクールで最優秀の何人かに選ばれました。インタビューで住所を聞かれた時、和歌山だと答えると「みんな東京で修行しているのに、和歌山にいてよく上手になられましたね」と言われ、憤然として「和歌山にいるからこそ上手になれたのです」と答えてくれたそうです。その後、彼は有名な国際コンクールに出ます。世界各国から集まる若者の中に、すり切れた弓を一つしか持っていない学生がいたそうです。彼は、「よかったら僕のを使うかい?僕は複数本持ってきたから」と、自分の大切な弓を貸してあげたそうです。審査結果は1位はなし、2位がその学生、3位が彼となりました。3位でもよい。立派な和歌山の若者の心ここにありではないでしょうか。
 もう何十年か前の話ですが、彼を生み育てた和歌山は、私たちの心の中に今も生き続けていると信じ、皆で助け合いながら、この和歌山を高め合って行こうではありませんか。この高名なバイオリニストこそ、県の文化賞を受賞されている、東京芸術大学教授の澤和樹さんです。そして、澤さんを育てた数人の篤志家・・・「それは、皆さんが言わないでくださいと仰るものですから」と、お母さんは最後まで明かされませんでした。

 品格のある国であるため、藤原正彦氏はまた、その指導者についてこうも言っています。「日本は(帝国主義と植民地獲得に狂奔するような)『普通の国』になってはいけないのです。読書によって教養を身につけ、『もののあわれ』のわかる者が国の指導者になれば世の中は変わります。指導者が算盤勘定だけでは普通の国にしかなれません」。
 県知事として、和歌山県を代表する立場にあるのですが、私は、もとより未熟、心して務めなければならないと思いました。ただ、少なくとも、自らの算盤勘定で県政を左右することだけは、今後とも決してするまいと思いました。

 和歌山県が元気を出して、品格ある県だと思ってもらえるように、県民の皆さんと一緒に頑張ってまいりたいと思います。その意味で、昨年、私が聞いた色々な言葉の中で、大変印象的な言葉がありました。それは、このホームページの別のところに掲載していますが、「紀の国いきいきトーク」の中で紀州梅の郷救助隊の尾崎隊長さんが語られた言葉です。この隊を始めようと考えたきっかけとして、神戸の震災の時に消防団への救助出動要請がないことに対して腹が立ったが、「ところが考えてみると、自分はテレビを見てて文句ばっかり言うだけで『おまえ、文句ばっかり言いやるけど、そういうおまえは何してるんなよ。これは極端な話、非常時なんやから、人命のため、正しいことのため、法を破ってでも飛び出して行くくらいの人間が一人や二人おってもええんやないか』と。紀州人というのは、歴史的にも昔からそういう人が多いし。とにかく、そういう人間が多くは要らんけれども、何人かあってもええという気持ちになったんです」。文句ばっかり言ってないで、自分で実践してみる。なかなかできることではありません。「言うは易く行うは難し」ではないでしょうか。

このページのトップに戻る