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寄稿・提言・訓辞・挨拶集

新聞・雑誌等への投稿や、各種行事での講演・挨拶、政府への政策提言等を通じて、知事の考え方や政策を紹介します。

平成25年度新規採用職員研修・知事講話

平成25年4月9日(火)14:30~15:30
和歌山県自治会館2階大会議室

1.はじめに

 皆さん、こんにちは。
 大勢入庁されて、壮観だなあと思います。
 特に、今年の1年生は元気のよい立派な人が多く、本当にすばらしい人が集まったなと思います。辞令をお渡しした時にも、目力のある人がたくさん集まったと思いました。皆さん頑張ってください。。
 今日の知事講話は、ホームページに載せている、「知事メッセージ・職員のみなさんへ」に沿って進めます。これは、新規採用職員用に書いたものではありませんが、若い人にはこうあって欲しいという思いから、生活の知恵みたいなものを載せているので、折に触れ見ておいてください。何もこのとおりする必要はありませんが、仁坂知事はこう考えているのだなと頭に入れておいてもらいたいということです。では、これを読んでいるという前提で話をしたいと思います。。
 資料は2枚あると思います。1枚目は『和歌山県庁職員の心得』、2枚目は『新規採用職員に望むこと』『和歌山県庁べからず集』『和歌山県庁安心集』と配ってあるので、それを話します。

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2.和歌山県庁職員の心得

(1)仕事の流れ
 和歌山県庁の仕事というのは、大体、資料1枚目の心得に書いてあるような流れでできているのではないかと思います。皆さんこれから色々な仕事をやります。例えば、観光振興をしたり、高齢者の生活について考えてみたり、色々な仕事があるけれども概ねこんな風ではないかと思います。
 まず第一に、「何のためにやるのだ」「こんなことをしないと駄目じゃないか」という『使命感』『正義感』があります。
 その次に『実態』というのがあって、「本当にそうか」「誰かがそのように思っているのか」「どのくらいひどい『実態』があるのか」「反対の意見はどうか」という『実態』を調べないと空理空論になります。
 では、どうしたらよいのかを『考える』ことが大事です。「知事が言っているからです」「前例がこうだからこうなのです」「和歌山県庁ではこうしています」と言うだけなら、時代について行けません。『実態』があり、次に『使命感』があって、そこで、県民を幸せにしようと思ったら、どこをどう変えていかなければならないのかという話になります。
 その次に、どうやって実現するかですが、例えば、法律で決まっているとして、「その法律は何か」「法律の条文に書いてあるのか」「憲法違反ではないか」等を考えてみることです。みなさんの中には、すごく法律に詳しい人もいると思うけれど、法律には法目的があり、法律の条文があり、条文で委任されたり、あるいは、委任されていなくても、実施のための政令や省令や、さらにそれらに委任された告示とか、それに対しての解釈とか前例などがあります。全て法律に従うことになるのだけれど、その規範がどれほど固いものかは、その法律がどのようになっているのかを勉強すべきです。一言「法律違反です」と言われ、皆さんが「すみません」というようなレベルの『技術』だといけない。そうならないためにきちんと勉強しておくべきであり、何かを言われた時に、「あ、そうですか」ではなく、「本当か」「何故、どうして」をいつも『考える』ことが大事です。
 その次に『対策』というのがあります。技術的には、例えば、条例でそれは書けるとか、条例などを作らなくても、予算さえ措置できれば実現可能かとか、あるいは、上司が「良い」と判断すれば可能かとかがあります。けれど、一方で「“待て待て”と人から後ろ指を指されないか」「“反対”と叫ぶ人がいないか」「副作用が無いか」も色々と考えないといけない。
 その上で、やっぱりそうだと思ったら、実行しないといけない。ただ、実行するには『勇気』が要ります。「右だ」といって決めたら、右である説明をしなければならない。反対の意見もあるかもしれないが、その時に『勇気』を持たなければならない。「意見には右も左もあるぞ」と言われ、そこで「両方の意見があるから、私はどうしようもありません」「もうこの場から逃げたい」と言ってはいけない。『勇気』を持ってどちらかに決めて、反対意見の方々には、「あなた達の気持ちは分かるけど、これはこういう理由で“右”なのです」と言って、きちんと説明しないといけない。
 最後に『謙虚』というのがあります。説明したことが間違っていたり、反論を聞いてそちらが正しいと思ったら、「すみません」と言ってやり直す『謙虚』が必要です。自分が正しいと思っていても本当は正しいかどうかは分からないのだから、いつもアンテナを高くして、「これは違う」と言ってくれる人の言葉を大事にしてください。

(2)考える、技術
 自分で『考える』ということはとても大事だと思います。「ああしなさい、こうしなさい」と言われて、何でも「はいはい」と言っていたら、はいはいだけの人間になってしまいます。今年入庁した皆さんは末席だから、今は「はいはい」と言わないといけないけれど、それを30年も続けていたら、「私に今度、命令してくれる人は誰でしょう」ということになります。ですから、「これはこんなものだなあ」「なるほど、これはこういうことか」という風に『考える』習慣を身につけないといけない。「何故こんなことを命令されるのか」「どうしてこれをしないといけないのか」と思ったら上司に聞いてみるとよい。納得したら、「よし、一生懸命やるぞ」という気持ちで頑張って、ちょっとおかしいと思ったら、「それはこうではないですか」とか言えばよい。
 例えば、スポーツ振興の行政分野で頑張ろうと思った時に、『実態』については色々な知識があるから、それを活かして頑張ろうとするが、行政の世界には、まだ知らないこともある。この時、「予算ってどうやって措置すればよいのか」「法律と条例の違いはどうしたらよいか」や、省庁で言えば、「文科省ってどういうところか」「どのように文科省とやり取りすればよいか」を一生懸命勉強して考えれば、より『実態』や理想が分かって、今後その知識や『技術』を活かして、どんどん実行していけます。

・ へっぽこ役人にならぬよう
 皆さんは県庁の職員なのだから、県庁の職員が相手にしているお客様、すなわち県民の人がいます。ものすごく悩んでいる人がいるのに、「前例がありません、そんなこと言われても知りません」と言ってしまうと、『へっぽこ役人』と言われても仕方がないのです。その人の幸せを考えて、寄り添うことが大事です。それをできるかできないかは、役人として大成するかどうかだけではなく、充実した人生を送ることができるかどうかにかかってくるのではないかと思います。だから、『へっぽこ役人』にならないように仕事をしてください。

・ 頭カチカチ役人にならぬよう
 「前例はこうだから、今回もこうなります」と言って、よりよい提案をできないようではいけません。前例が合っているとは限りません。皆さんもこのようなスタイルで、『頭カチカチ役人』にならないように頑張ってください。

・指示待ち人間はつまらない
 『指示待ち人間』はつまらないというのは、二つの意味でつまらないと思います。
 一つは、上司から見てつまらない。何故かというと、付加価値を付けてくれない。「これをしておけ」と言ったら、そうしてくれる。けれど、それだと単なる言いなりです。やはり県庁の立派な後継ぎとして育ってもらうためには、自分でも色々と考えて、上司が言ったことに付加価値を付けて、色々とディスカッションをして考えて欲しいと思います。
 もう一つは、そういうことをやっていると、人生がつまらないのではないかと思います。皆さんは自分でも色々と考えてよい仕事をしようと入庁したと思います。言われたことだけをやる。そんな人生はつまらないということです。

・ 官僚支配に何故なるか
 『官僚支配』とよく言われるのは、政治家、私も今政治家ですけれど、政治家が官僚に思うように操られてしまうのが『官僚支配』です。それが何故起こるのかと言えば、政治家が駄目だからです。何故かというと、官僚が「できません」と言って、政治家がそれに言いなりになったら、これは『官僚支配』になります。だけど、本当にできないこともあるが、できることもある。時には、社会正義に反するというようなこともある。そういうことを政治家が一生懸命詰めて、役人と対話をしながら、協力関係をきちんと作り進めなければいけません。皆さんは官僚です。しかし、自分達のために『官僚支配』してはいけません。支配なんて考えず、どんどん提案すればよい。だから、遠慮せず仕事を頑張ればよいと思います。

・何故、中央集権になるか
 一般的に地方公共団体というのは、国に弱いです。何故弱いかというと、国はたくさんお金を持っています。また、国がやる事は論理でできています。ただ、その論理が『実態』と乖離していたり、間違っているということもあります。しかし、「それは昔からこうやっている」「国はこう考えているから、県や市町村はとにかく言うことを聞け」と一方的に言われて、それに「はいはい」と返事をする必要は全くないということです。我々には我々の論理と『実態』の認識がある。それをぶつけてみて、その上で「なるほど」と思ったら、「わかりました」と受け入れればよいわけです。だけど、そんなことがなければとことん議論すればよいのです。
 一例を挙げると、和歌山県は一昨年9月に大水害に遭いました。その際、梅畑、果樹園もひどい目に遭いました。農地というのは、災害復旧の国庫補助の対象になります。工場が壊れても補助の対象にはならないけれど、農地はインフラと同じように扱われて対象になります。しかし、20度以上の傾斜がある農地は国庫補助の対象にならない。このように決まっていたわけです。梅畑が崩れたのを、国庫補助の復旧の対象にならないとすれば、自己負担か、県や市町村が補助金を出す必要がある。そこで、「待て待て、何故傾斜が強いといけないのか。どこでどういう風に決まっているのだ」と考えてみなければなりません。国の役人は「法律で決まっている」と言いますが、よく分析をすると、まず、法律の条文には、経済的価値の無いところの農地は復旧させないと書いてある。経済的価値がどう無いかということは、政令に委ねられている。政令の定めるところにより価値の無いところは復旧の対象にしないと書いてある。その趣旨は、経済的価値の無い急傾斜に無理をして梅畑を作って、そこが災害で崩れたから直せというのは駄目ということです。
 しかし、和歌山県の梅農家の場合、傾斜のある山に梅を植えていることが多い。ブルーネットを張って、熟した梅がそこに落ちて転がり、斜面で収穫しやすいように工夫している。その意味では、傾斜地の梅畑は別に生産性の悪い畑ではない。段々畑にしたら復旧の対象にはなるが、それでは梅は転がらないから、わざと傾斜地を梅畑にしている所がたくさんある。これが『実態』です。そういう『実態』を無視して、経済的な価値の無いものは復旧の対象にしないと法律に書いてあるからといって、政令で20度以上の傾斜のあるものは全部駄目というのは法律違反ではないか。これが正しい答えです。
 政令を変えようと思えば、閣議決定をすれば変えられます。1週間から2週間あればできます。「1週間くらいで変えられるような話を社会正義に反して放置して、何が法律違反だ。法律違反は国の方だ」と私が怒って、それで改正できたわけです。農水省の役人から「そんなものは法律で決まっていますから駄目です」と言われた時、『へっぽこ役人』や『頭カチカチ役人』が、農水省の役人に「はい」と言っていたら一生実現しません。
 何故、私が実現できたかというと、「ちょっと待て。どうしてこうなっているのだ」と考えて、『技術』を勉強した。法律でどこまで決まっているのか。法律も間違っていることがあるから、法律を変えてもいい。しかし、それは1年かかるから、1週間で変えられるものであれば変えて欲しいと思い、一生懸命考えて、今のような『実態』が全部分かり、「これなら実現する」と確信したのです。
 そういうことを、『技術』としてみんなが分かっていないと国の方でも対応できないし、民間の人にもきちんと説明ができない。官僚と大臣、部下と上司の関係で言えば、きちんと勉強していない上司は、部下が言った通りになってしまう。技術系職員も同じです。今、法律を問題にしましたけれど、和歌山県庁の技術系職員はすごく賢いのは百も承知だけれど、法令で全部決まっているから、その通りにすればよいというのは全く通用しません。仕方がないと思い込まないで、『技術』の知識を生かして、正しい方向へ法秩序を変えていけばよい。
 従って、「仕組みはどんな風になっているか」「改善点はあり得るのかどうか」を考えたらよいということです。

(3)対策、勇気
 皆さんが考えた『対策』に悪いものなどおそらく無いと思いますが、さらによい『対策』は無いか。法律的に目的を達成する『対策』は無いか。そういうことをみんなで議論して、効果のあることを一生懸命探すというようなプロセスが必要だろうと思います。

・ 比較考量と副作用
 ただ、『対策』を取ろうと思ったら副作用があります。例えば、今、世間ではアベノミクスと言われている。アベノミクスはよいのかと言ったら、私は結論から言えば、よいと思います。例えば、金融を大幅に緩和した結果円安になると、競争力を回復する産業が出てくる。設備投資や生産が増えて好況になる可能性が高い。けれど、副作用があります。その結果、輸入物価が高くなり、輸入の原材料に頼っている人達は辛くなります。経済が好況になって、自分の製品も高く売れるようになるまでには時間がかかる。その間、原料費は跳ね上がるため大変だという副作用があります。そこで、安倍さんは何を考えたかというと、その副作用があることを分かりながら、経済全体を良くしていくためには、原材料が上がったら大変ということには敢えて目をつぶってでも、主要産業を活性化させたり、株価を上げる方が大事だと結論づけてやっていると思います。
 いずれの場合でも、副作用が少しでもあるからと言って逃げるという訳にはいきません。現実の行政は、現実の県民の生活を考えるため、副作用は必ずあります。例えば、道路を造る。ものすごく良くなって、みんな万々歳のように思うけれど、立ち退きを迫られた人から、「幸せに暮らしているのに、何だ」と言われて、職員が引き下がっていたら何もできない。また、順序よく道路ができた時も、交通の体系が変わって、お弁当を売っているお店が通過点となってしまい、うまく経営できなくなる可能性もあります。このように色々な副作用は必ずありますが、和歌山県全体として考えたら、「どちらを優先すべきか」という判断をしないといけません。

・ やりさがしは駄目、リスクを取る
 右から言われたら、今していることをそのままにして右へ流され、左から言われたら、またそちらの方に流されてしまう。これを「やりさがし」と言うけれど、無茶苦茶な事をしたらいけないので、やはり全部考えて、きちんとやり終えて、それで損をする人達に対しては補償をするとか、説得するとか、そういうことを考えないといけない。
 リスクを取ったら大変です。反対の人が押し掛けて来ます。しかし、先延ばしで逃げてばかりでは、人生つまらない。どこかで決断をしないといけない。決断をする『勇気』を是非持ってもらいたいということです。

(4)謙虚
 さっき言ったように、『ほんまかいな』ということを考えてもらいたい。「反対の人がよいことを言った。やっぱり何か間違ったかな」とか、そういうこともたまにはあります。

・無誤謬性(むごびゅうせい:間違いが無いと考えること)の神話
 『無誤謬性の神話』ということがあります。県庁にいると、皆さんはこれにすごくとらわれます。何故なら、役人は間違ったことをしたら、ものすごく責められるからです。一方、民間の企業だと結果オーライだったら責められない。総じて上手くできていたらよいかもしれないけれど、県庁では、上手くいかなかったら、「責任を取れ」とものすごく言われます。
 霞ヶ関の世界にも、無誤謬性があると思います。最近は国会答弁も多少は変わってきたとは思うけれど、20年ほど前の国会はベテランの大物議員が大臣をしていて、答弁も、ぼそっと何を言っているのか分からない。そんな原稿を役人が書いて大臣に渡すのです。一応、答えたような、答えていないような、「それは大した問題でありますが、色々問題がありまして、慎重に対応して、全身全力を挙げて対応して参りたいと思います」。これでは、何を言っているのか分かりません。けれど、一応、礼儀は尽くしているというようなことを役人が書いて、大臣がそれを言っておけば、責任逃れになるということが多いのです。何故かというと、何か間違った時、「あの時、ああ言ったじゃないか、責任を取れ、辞めろ」と言われる。「間違うこともあるよ」なんて中々通用しない。私は、間違うことがあるのだから、間違った時はきちんと説明して、「すみませんでした。これはこういう間違いをしましたけれど、対応はこうして、問題が出ないようにきちんとします」と言えばよいと思って、私は時々県議会で謝っています。
 国会では、謝ってもなかなか許してくれません。ということで、無誤謬性の世界に逃げ込むような人達を生んでしまう。和歌山県はそうであってはいけないから、我々は間違ったら謝ってきちんと説明する。それでよいじゃないかということです。

・過去の決定へのこだわり
 先輩の顔を立てるということはものすごくよいことだと思います。けれど、過去の決定へのこだわりは無誤謬性と同じです。先輩が「右だ」という決定をしたら、それを止めて「左だ」ということを組織としてはしようとしない。それが誤りだと本当に思ったら、「すみません、間違えました。今の担当は私だから謝ります」と言って、どんどん正しい方向へ変えていけばよいのです。最後は、「全部県知事が悪い、県知事の責任」と言えばよい。責任は取るから、どんどん頑張ってください。

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3.新規採用職員に望むこと

(1) お客さん(県民)のニーズをつかもう
 ものすごく大事です。和歌山県は待ちの姿勢ではいけないから、お客さん、県民の皆さん、企業の所へ行って、話をして吸収してらっしゃい。振興局へ行ったら、地域の方々とよくお話をして、何が問題なのかを吸収してらっしゃい。吸収するだけでなく、和歌山県が考えていることをお話ししてらっしゃい。「我々はこのように考えて、こんな政策がありますから、是非利用できるのがあったら、言ってください」と言えばよい。ニーズをつかもう。

(2)提案するのが役人の真骨頂
 『官僚支配』などと言って、提案しない役人の方が偉いかのように言われるのは、これは全くの間違いです。和歌山県は、私が生きている限りは、絶対に皆さんが提案したことを生意気だとか、そういう批判を私は許さないので、どんどん提案して欲しい。そういう提案の腕を磨くということが大事です

(3)いつも県を背負っていると思おう
 これは結構大事です。皆さんは1年生であんまり偉そうにはできないけれど、卑屈になってはいけません。皆さんは頑張って、みんなに認められていけば県庁を背負っていくような幹部に全員なれると思います。ですから、始めから知事になったつもりで県庁を背負ってやってみる。自分で考えてみる。県庁を背負ったつもりで、「知事になったら、こう考えるだろうな」ということを考えてみて、たまたま私が何か喋っているようなことを、「よいことを言っている」と思ってもらえたらすごくうれしいです。

(4)何故どうしてをいつも考えよう
 「誰々さんが言っています」これは、私はあまり信用しないことにしている。上司が言っているからと言って、それで私に報告に来ます。だけど、私から見たら、あなた方の上司といえども部下です。「部下が言っています」と言って、私が「そうですか」とは言いません。「誰々さんがこう言っています」ということに、「本当にそうなのか」「何か変なことを言っていないか」「ちょっと状況が間違っていないか」「本当ですか」とか、そういうようなことを常に思おう。あんまり言うと、上司に怒られるかも知れないけれど、心の中で思って失礼にならないようにうまく詰めるということをしていかなければなりません。

(5)得意分野を伸ばせ、でも県全体の動き、国の動きなど広い視野を
 これは特に技術系の職員は自分の得意分野がある。事務系の職員も段々と自分の好きな領域ができてくると思います。将来その領域で長く働いてもらうことになってくると思います。だけど、その時にそこの世界のことしか知らなかったら、あまりいい仕事はできません。だから、県全体の動きとか国の動きなど広い視野を持って、技術系であっても自分の領域の、例えば、土木だったら土木だけということではなくて、国の仕組みの話とか、そういう動きについてきちんと知識を得ておくことは大事です。

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4 和歌山県庁べからず集

(1)自分の仕事でないからと言うな
 他の所ではこんなべからず集はありません。だけど、和歌山県庁では私の仕事ではないと言ってはいけません。例えば、障害者の方がやって来て要求をされた。それに県庁の自分の課では対応できないとする。だけど、担当者は勉強をしていると思うから、これは県ではなく市役所の所管であるとか、どの課で応対しているくらいは大体分かると思う。だから、きちんと説明して、そちらに案内してあげるくらいの親切があってもよいと思います。ただし、人の仕事を「そうします」と言って約束するようなことはできません。

(2)お金(予算)がないからと言うな
 これはよく役人が、特に『へっぽこ役人』が言います。言ってはいけません。お金が無くても、すぐにできなくても予算を措置すればできます。やってよいことや、本当にやらないといけないことであれば、「予算をつけてもらいましょう」と言って、要求すればよい。本当に必要なことであれば、当然予算措置が通る話でないといけませんから、「言っていることはごもっともですが、予算が無いのでできません」などと絶対に言ってはいけません。

(3)やったふりをするな
 これは二通りの意味があります。一つは、悪い意味でのやったふり。本当はしていないのに嘘をついてごまかしてしまう。この人は本当に悪い人です。皆さんの中にそんな人はいないと思います。
 もう一つは、無意識にやってしまうやったふり。例えば、自分の仕事を啓蒙活動する時、パンフレットを作って駅で配る。それで仕事が終わったと思っていないかということです。パンフレットは何のために作っているのか。それは百万人の県民のために、自分の政策をきちんと理解して貰おうとする道具として作っている。パンフレットを作れば仕事は終わりじゃない。ところが、パンフレットを作って業界団体に渡して、「よろしく」と言って終わり。それでは、百万人の県民全てに届きません。届くためにはどうしたらよいか、ということまで一所懸命考えて、一番効果的な方法を自分で考えて提案して、実行していかないと、やったと言えません。駅でビラを配ったらテレビに映ります。「知事もビラを配って偉い」と言われたり、政治家としては人気が出るでしょう。ですが、私は一切しません。何故なら、百人くらいに配るのであれば皆さんに任せて、ビラの中身をもっと多くの人に伝えるにはどうしたらよいかを考えた方がずっとよいと思うからです。だから、やったふりはしません。でも、ビラ配り自体は悪いわけではない。一つの手段として、それを上手くテレビに撮ってもらって、多くの人に理解して貰うことも大事なことだと思います。だから、決して悪いことではないけれど、それで終わりだと思っていたら、やったふりになります。

(4)時流におもねるな
 マスコミが作った流れもあります。「コンクリートから人へ」「統治機構を変える」「地方主権」と聞けば、みんなかっこいい言葉ですが、部分的、全面的におかしいところがあるかも知れない。そういう流行りのことを「冗談じゃない、これは間違いだ」と言ったら、マスコミ・世論から袋叩きになります。けれど、正しいと思うことは言わないといけません のは1日で出来る(調査・検討という政策はない)

(5)考えるのは1日で出来る(調査・検討という政策はない)
 これも和歌山県庁にしか無いと思います。例えば、新政策がそうですが、みんなで政策はどうあるべきか考える際に、検討や調査はあくまで手段です。我々の最終の目標は、県民を具体的に幸せにすることです。とすれば、「調査、検討をします」というのは政策でない。「1年間かけて検討します」。こんなものは、政策であり得ない。だけど、調査をするのにボーリング調査とか、実態調査とか、観測とか、そういうことは必要です。そういう意味での調査は必要だけれど、考えるということはすぐできる。考えることはお金をかけなくてもできます。

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5 和歌山県庁安心集

(1)命あってのものだね 倒れそうになったら倒れてしまえ
 ものすごく大事なことで、今日言いたいことの中で一番大事なことです。皆さんはまだ若いから、結構体調が安定しないことが多い。あんまり若いときに無理をしていると、それが祟って、年を重ねると死んでしまうことがあります。倒れそうになったら倒れてしまえというのは、例えば、今日熱があって、ものすごく気分が悪い。そういう時は、「今日は熱があるから休ませてください」と言えばよい。意識して、休暇を取って休養すればよい。だけど、それは他の人も同じなので、自分が調子の悪いときは他人が助けてくれるが、他人が調子の悪いときは自分が助けてあげる。それを無理に我慢していると、本当に死んでしまったりするから、そこは命あってのものだね。皆さんのような優秀な方を20代くらいで失ってたまるものかということです。これは設備投資です。ものすごく大事な金の卵ですから、大いに頑張って働いてもらわなければと思っています。

(2)いつか終わる
 大事なことだと思います。私の人生哲学です。ものすごく苦しいことが続いたり、圧迫感があります。だけど、いつか終わります。永久に圧迫感があり続けることはありません。問題はどんな形か分からないけれど、いつか山を越します。解決しないかも知れないが、いつかは終わる。だから、終わるまで我慢しよう。「必ず終わる」と思って、それまで「まぁ頑張るか」と思って頑張ればよいのです。

(3)言論の自由 向こう傷は名誉 失敗は栄養
 これは、今まで言ってきたことから分かると思いますが、マイナスを恐れずにやったらよいと思います。

(4)友は裏切らず
 皆さんが一生懸命頑張って向こう傷を負った。その時に、仕事をさせておいて、上司から「あいつが悪い」と言われたら、友を裏切ったことになります。けれど、部下から上司へも同じことが言えます。さっきの梅農地の20度問題で、私はすごく怒ったことがある。何故かと言うと、私が「それはおかしいから、論理からすると政府は直すことが当たり前だ」と言って、大臣や政府のところへ行っている時に、ある代議士が農水省の課長補佐を田辺に呼びました。課長補佐は丁寧に親切に「知事が言っていることはできませんけれど、この代替手段でお世話しますのでよろしく」と言った。そうしたら、私の部下も含めて、みんな「ありがとうございました」と、お礼を言って帰らせてしまった。これははっきり言えば、友を裏切っています。つまり、知事が一生懸命頑張っているのに、もし、知事の考えが間違っていたら、間違っていると言えばいいのだけれど、知事一人を頑張らせておいて、部下が「もうこれでよいです」と言ってしまったら、これは友を裏切ったことになります。それで、私がもう一度国に押し掛けて、何とかしてもらったということです。
 皆さん、友を裏切ってはいけません。

(5)県民のために奉仕するチャンスを与えられた幸せ
 民間で働いている人は会社のことを考えなければいけない。自営業の方だったら、自分の生活も考えなければいけない。皆さんは、さし当たっては、自分の生活も利益も考えず、県民に奉仕することで幸せを考える、人のために尽くせる。これはとてもやりがいのあることじゃないですか。難しい試験や面接を受けて採用された皆さんには、こういう権利があるのです。。
 こんなに幸せなことはないのだから、ニコニコして仕事を一生懸命に頑張って欲しいと私は思います。

 以上です。どうも、皆さんありがとう。

レジュメ

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