現在表示しているページ
ホーム > ようこそ知事室へ > 寄稿・提言・訓辞・挨拶集 > 和歌山大学観光学部知事講義『観光を考える』第5回

メニューをとばす

寄稿・提言・訓辞・挨拶集

新聞・雑誌等への投稿や、各種行事での講演・挨拶、政府への政策提言等を通じて、知事の考え方や政策を紹介します。

和歌山大学観光学部知事講義『観光を考える』第5回「和歌山県の観光と地域の明日について」

パネラー:仁坂吉伸和歌山県知事、山田良治和歌山大学観光学部長
コーディネーター:小畑力人和歌山大学観光学部教授

小畑教授: 今日は、観光カリスマ講座の最終回ということで、仁坂知事も交え、お話を進めていきたいと思います。では、仁坂知事よろしくお願いします。

知事: 今日は、和歌山大学観光学部の講義の一環として、和歌山県の観光学の中から「地域づくり」について、お話したいと思います。
 観光学のコマをいただいて何の話をしたかというのが、この第1回目のレジメに書いてあります。『観光と経済学』ということについて、方法論を議論しました。2回目は、レジメの1番下にある『観光を考える際に有用な項目』の1番目『観光資源−ものめずらしさ』ということ、観光資源の保全と景観条例などを材料にして講義をしました。それから、3回目は『観光客のコストパフォーマンス』ということについて、特に高速道路の問題が観光にどのような経済的な意味合いをもたらすかということをお話ししました。4回目は、中心市街地の話、地域をどうやって作ったらいいのかということを、街を中心にして考えて、そして中心市街地問題が経済学的に考えるとどういう意味合いがあるのかということを議論しました。
 今回は、田舎の地域づくりを経済学的に考えるとどうなるかという話をします。
 なぜ、『観光と経済学』という話をしてきたかと言うと、実は、「観光学」というのであれば、「学」としてのディシプリンは何かということを議論していかないといけないと思うからです。したがって、いろんな切り口があるのですが、経済学を使うと観光学がどんな風に分析されるかということを議論してきました。
 1回目のレジメと講義録をお配りしています。ここにあるような話を道具として使って、先程言ったように、例えば保全の問題をどう考えたらいいか、或いはインフラの問題をどう考えたらいいのか、PRについてどう考えたらいいのか、そういうことを議論しました。第1回目のレジメについては、時間があれば、後で読んでおいていただければ幸いです。
 今日は、少し具体的な話をしたいと思います。
 我々は『ほんまもん体験』観光というのを行っています。資料の1枚目にあるように、28万人ぐらいの人が観光客として来て下さっています。どういう風にしてやるかというと、特に田舎暮らしを満喫できるような色々なメニューを作ります。メニューは誰が作るかというと、そういう体験をさせてあげようという農家の人とか、或いはカヌーをやっている人とか、そういう人達です。メニューを作って、民宿とか民泊とか、そういう所に泊めてあげます。そういうメニューを県が全部集めまして、カタログを作ります。現在全県で、352のプログラムが登録され、このプログラムを県が政策としてPRしています。これが成功して、皆さんに体験していただいているわけです。
 そこで、「これは何故流行ったのだろう」というのを考えるのが、観光学の議論だと思いますので、今からそういう議論をしたいと思います。
 人間の合理的な意思決定の結果、経済需要が出てきます。合理的な行動をする人間を前提にして、それで経済活動は需要と供給でほぼ説明できてしまうというのが、経済学の1番の基本です。そうすると、人間の合理的行動とは何だろう。人間というのは、たぶん、観光においては楽しいことをしたいと思うわけです。その楽しいこととは何かというと、「珍しいことをしたい」ということです。それは、経済でいうところの「希少性」です。希少性を持っているような財に対する需要は大きくなります。例えば都会で生活をしている人がいます。都会の生活は日常ですので面白くも何ともありません。けれど、「都会では味わえないようなものが味わえますよ」と言うと、「珍しいから面白いじゃないか」と言って来るわけです。供給側がこういうパンフレットを作って、都会の人々に「どうですか」と言っていると、都会の人々がそれに応じてくれて、ここで需要と供給がマッチするということになるわけです。
 しかしまだ、色々な問題や至らないところもあります。資料に、『ほんまもん故の問題点』と書いていますが、『農林漁業等、本業の繁忙期に体験を受けてもらいにくい』、或いは、『提供者が観光事業者でないため、販売ルートを持たない』、『産業体験等は特定の目的がないと売りにくい』ということがあります。また、ここには書いていないのですが、今のモデルだと、1対1の対応しかできません。つまり、お客さんが「イルカウオッチングをしたい」と思ったらイルカウオッチングはできるし、「カヌーに乗りたい」と言ったらカヌーに乗れるのですが、「カヌーに乗って、そしてパンダも見たい。この2つをうまく組み合わせて効率よく回りたい」、そういうことを考えた時になかなか難しいのです。このようなアレンジのできる着地型の旅行業者が活躍できる余地がでてきており、田辺市のビューローがそういう着地型サービスを提供し始めていますが、他はまだまだ難しいというのが今の状況です。
 その次の材料は何かというと、「修学旅行」です。修学旅行というと、私なんかは、京都や奈良或いは東京に行ったり、瀬戸内を船で渡って九州まで行ったりしました。最近はそういうマスプロ型のものはあまり流行らなくて、体験型というのが流行っています。これは何かというと、これもまた「希少性」から説明できます。例えば都会の学校で普通の生活をしていると、色々見るものもあって楽しいけれども、両親が働いていて家族の団らんというものをなかなか味わえないとか、田舎の人が一体どのように暮らしているのか分からないとか、人間として成長していく時に色々欠けている情報が出てくると思います。それを先程の『ほんまもん体験』観光を使いながら、例えば民泊で漁師さんの家に泊めてもらって、それで、自分たちが釣った獲れたての魚を漁師さん達と一緒に食べて、そして、「紀伊半島の端ではこういう生活をしているのか」、「やっぱり人情とか親の情とかそういうものも大切だな」とそういうことを修学旅行の中で味わってもらってはどうか。これが受けるはずだと我々は見込んだわけです。現に受けていて、現在、来県校は26ぐらいあります。
 では、この施策を経済学的に分析するとどうなるか。例えば、『観光を考える際に有用な項目』を見ていただきますと、『観光資源−ものめずらしさ』だというのは、これはいいですね。『ほんまもん体験』ができる所はそんなにたくさんないわけです。では、コストパフォーマンスはどうかと言うと、例えば、「大きな飛行機で行けないじゃないか」とか、そのような議論が色々あるとなかなか進まないわけです。それは、我々がモデルを出して、例えば、「関空からバスで来て下さい」などと提示するわけです。
 それから、『情報伝達』という点では大いにPRしないといけません。つい先日も東武トラベルという会社で支店長会議の時に喋らせてもらいました。ちょうど皆さんと同じぐらいの人数が来ており、そこで色々説明しました。こういうような機会をつかまえて、効果的なPRをしていかなければいけません。その時に、『おもてなし、総合力』というのも響いてきます。例えば民泊というのは先程の「希少性」から言うと、とてもいいのです。地域によってはこの総合力が発揮できない所もあります。なぜかというと、まとまらないからです。修学旅行というと、最低100人や200人は来ます。この100人、200人が同一地域にいないと、先生は困ります。そうすると、100人、200人を収容できるためのまとまりがないといけないのです。体験観光の『ほんまもん体験』なら、「うちは3人ぐらいなら受け入れられるけれど」と、それでいいわけですが、修学旅行ではそうはいかない。皆一斉に受け入れるためには、地域できちんとまとまりがあって、『おもてなし、総合力』というのができていないといけません。或いは、今、地震も怖いし、津波も怖いし、水害も怖いです。大事なお子さんを預かるのに、津波が来たら死んでしまいますというのでは話にならない。だから例えば、「逃げられる状況にある所でないと受け入れない」というような約束をきちんとしようとか、そういうことを地元の人と相談しながらでないと商品価値が落ちてくるわけです。これも、そういうことができるかどうかというのは、やはり『総合力』なのです。こういうことが修学旅行から言えるのではないかと思います。
 それから、5ページの『交流人口増大による地域の活性化』というのは、「和歌山県の中で南北交流があってもいいのではないか」、「都会と田舎の交流があってもいいのではないか」という議論があり実施しています。
 今までの施策は純粋な観光ですが、今度は「地域づくり」ということを考えると、和歌山県は今、人口がどんどん減っています。働ける人も少なくなるしお年寄りもだんだん減っていくので、やはり外からUターンやIターンに来てもらいたいのです。その時に、和歌山県は何を売りにするのか。ここでもう1度、『観光と経済学』の資料に戻ると、『合理的行動をする人間』と書いています。その合理的な行動をする人達は、何を希少だと思って、何に需要を求めているかということを考えます。現代社会の中で、企業戦士として物凄く活躍し、ある程度収入もあって蓄えもある。残りの人生は田舎暮らしをして楽しく暮らしたい。けれど、田舎ならどこでもいいというものではない。「ある程度の収入が得られるか」とか、「自分達を受け入れてもらえるだろうか」、そういうようなことを色々心配されると思います。だから、潜在的な移住需要はあるとしても、和歌山県が供給側として何ができるかということを考えておかないと、移住交流は需給がマッチしません。ここで1番頼りになるのは、地元の方です。これは、和歌山方式なのですが、各地域に協議会というのがあります。その地域に1番始めにパイオニアで入って来られた方、それから地元でその人達と一緒に受け入れられた方、それから、色々な方が皆集まって、「こういう人に入ってきて欲しい」、「こういう点はきちんと分かってから来て欲しい」、そういうことを徹底的に教育するのです。ふらふらとやって来て、「私は田舎暮らしに憧れているのですが」という人がいたら、「あなたはどうやって暮らそうとしているのですか」と意地悪ではなくて、「この人達がここに住んで本当に長続きするだろうか」という好意の目でもって、協議会の人達が皆相談されるわけです。例えば色川なんかは、試しに住んでみることのできる施設もあります。そういうことをして、和歌山県は受け入れています。これは成功モデルです。しかし問題点もあります。非常に手作りの施策ですから、和歌山県の人口減少が猛烈な勢いで進むのをカバーできるほど、たくさんの人を寄せてくるというのは難しいのです。それには場所を増やしていかないといけません。それから、別荘など別のモデルも色々模索をしてきましたが、なかなかうまくいっていません。
 ここで、もう1度レジメに戻っていただきますと、『インセンティブ』ということを書いています。基本的には、入って来られる人が、自分の意思で来られる訳です。ところが、その時に、意思決定は外部的に影響を与えて変えることができます。基本的には、その人の自発的な意思決定によりながら、変えようとしていく。それを『インセンティブ』という言葉で表しています。それが政策です。例えば、資料に『今後の方向として』と書いていますが、「移住したいんだけれど家がない」ということがあります。空き家はたくさんあるけれど、その空き家の持ち主は、例えば大阪にいて、「先祖伝来の仏壇があるから人には貸せない」と言って貸してくれない。「農地は耕せないけれど、貸したら取られてしまう。だから貸せない」、そういうようなこともあるわけです。そうすると、それが借りやすいように、貸しやすいように、行政が入って、間をつないであげる。例えば龍神では、もっと前から家を建てて、「どうぞ」と提供しています。そういう方法もあるけれど、結構お金がかかるし、空き家はたくさんあるわけですから、市町村が持ち主を説得して空き家を借りてあげる。県は、改造する時のお金を出してあげる。そういうようなことを『インセンティブ』にやっていくといいのではないかと考えています。
 それから、平成24年度事業として県議会に提案している支援策が2つあります。まずは、『起業支援』です。移住者の実態を見ると、例えばパン屋をやるとか、豆腐屋をやるとか、起業をする人が結構います。そうすると、地域に新しい魅力ができてくるわけです。しかし、起業をするにはお金が必要です。お金を十分持っておられて起業するという人はそれでいいのですが、「お金がないけれど起業したいなあ」という人に、起業資金をある条件のもとで出してあげましょうという仕組みです。
 それから農業をする場合、これは耕作放棄地が多いのでとてもありがたいのですが、少なくとも1年間は収入がないのです。それならば、1年間、定着できるように一定金額を支援してあげる。他にも、習熟するための勉強を支援するプログラムなどがあるのですが、もっと単純に、田舎暮らしの所に入ってきた人には、『一次産業就業支援』をします。こういうことを書いてあるのが、7ページです。
 色々な材料を用いながら説明しましたが、こういう色々な問題を考える時に、「観光政策としていいか悪いか」、「それは理屈にかなっているか」と考えるのが1つです。経済学は理屈のうちの1つであって全てではありません。もっとたくさんの理屈がありますので、もっとたくさんのディシプリンを導入して、政策を作っていくというのが大事だと思うのですが、少なくとも、「学」である限りにおいては、何らかのディシプリンで切ったらこうなるという論理性がなければいけません。そういうことを観光学部の講義でお話してきました。以上です。

小畑教授: 今日は、今までの講義を聞かれた方もおられれば、聞いておられない方もいるのですが、今、知事が概要をお話して下さったので、そのイメージを持っていただいて、観光というものを考えていきたいと思います。
 山田先生、今のお話に関連して何かございますか。 (山田観光学部長: 知事には、経済学の立場から講義をいただいたわけですが、今のお話の中にもたびたび出ておりましたように、観光には様々なアプローチの仕方というのがあります。結局、観光という現象そのものがそういうことを要求してくるということなのだと思いますが、一方で、ご指摘されたように、政策も新しい事態に対して何か打ち出していく時には、その根拠となる理論との関係が絶えず問われてきております。1つ例をあげますと、イギリスで19世紀半ばに穀物条例というのを撤廃して、農産物の輸入自由化を促進するのですが、これに賛成する立場からリカードという大変有名な経済学者が経済学を論じていますし、これに反対する立場からマルクスが理論を展開しています。常に実際の政策と理論というものは関係してきたというのが、これまでの歴史です。観光やまちづくりということがこれほど広範な現象になり、その現象をどう捉えてどういう政策を打っていくのかという時に、まさにディシプリンがどういう風に確立されるのかということが問われる状況になっていると、私どもも判断しております。ただ、和歌山大学観光学部の場合は、経済学の人が本当に少なくて、そういう意味では、貴重なご講義をいただいたと大変ありがたく思っています。
 実は、2週間ほど前に、我々がイニシアティブを取って「観光学術学会」というものを設立いたしました。これは日本の観光学の水準をもっと引き上げないと現実の展開に全く立ち遅れている、というそういう問題意識のもとでやっております。学の分野では大変高名な3人の大学の先生が講演をしたのですが、1人は観光地理学、もう1人は観光社会学、もう1人は文化人類学の方でした。それぞれの切り口から、今の状況をどう捉えるかということをご報告されたのですが、結論のところで、「観光学というのは果たして成立するのかどうか」というと、「1つの体系的な方法論、ディシプリンとしての観光学というのは成立しない」という結論を言われました。ですから、「多様なアプローチがあるけれども、1つのものとして融合することは難しいだろう」と。難しいことは事実なのですが、世界の観光学を巡りましては、少し前までは、「マルチディシプリン」と言いまして、それこそ、学際的な多様なアプローチが存在しました。それが、ここ10年ほどの間は、「インターディシプリン」と言いますが、ディシプリン同士の相互関係が、物凄く議論される段階になってきています。そういう意味で観光学というのは新しいステージに上がってきていると思うのですが、日本の観光学の現状というのは、残念ながら、マルチで、しかも各分野が孤立をしていて蛸壺型で、しかも世界の議論とは断絶した中で行われています。これをどうにかしないといけないというのが、「学」の立場からの問題意識です。
 それから知事が言われた「希少性」の部分。確かにありふれた物を見に来たいとか体験したいとは思いません。そういう意味では非日常の空間に入り込んでいくわけですが、ここで我々が論点として注目していますのは、モビリティ、つまり移動の状況が、一昔ふた昔前とは全く比べ物にならない状況になってきて、どこにでも簡単に行けるということです。そうすると、希少性を巡る競争というのが、非常に広い範囲に広がっています。つまり、非日常が日常化しています。そういう現象の中で観光地として成立していくということがどういう問題をはらんでいるのだろうか、ということも考えています。
 あと1点だけ申しますが、知事が言われた、地域のまとまり、或いは、地域づくりと観光の関係、これはしばしば競合してくる側面があります。私の院生が串本の漁家民泊の研究をしているのですが、やはり生活を守っていくということと、外から入ってくる人とどううまくやっていくか、その辺で大変、地域も苦労しています。しかも、民泊をさせる漁家の方々が非常に高齢化が進んでいて、短期間であれば対応できるのだけれども、持続的なものとしてやるにはどうしたらいいか、そういうことが課題になっていると思っています。そういう中でちょっと面白いなと思ったのは、有名な観光地の白川郷と湯布院です。共通点もあるのですが、非常に違っている点が1つあります。それは、白川郷の人達は、屋根を葺き替える「結」を通じて、地域の力でもって、どのように観光地としてまた住みよい地域として発展させるかということが基本的なスタンスです。それに対して湯布院では、外部の血を徹底的に取り込もうとしています。例えば、観光協会の事務局長は全国から公募をしています。そこに3桁の人達が応募してきて、その中から1人だけを選ぶわけです。そういう人達が何人かいて、地域の先頭に立って、一緒に溶け込んでやっています。地域のまとまりのつけ方は、おそらく地域によって色々あるのだと思いますが、和歌山という地域で見た場合に、これも地域差がありますし、地域地域でどんな取組みが必要になるかは異なります。その際、先程の移住交流事業の話で1つのキーワードとして出たのが、「ワンストップサービス」です。ワンストップで窓口を一本化するのです。ただ、自治体の職員というのは、2年3年で変わりますので、これを継続的にやっていくというのは非常に難しいですし、先程の協議会も含めて、そういうグループの運営をやっていくには、湯布院等を見ていると、相当、そういうことに精通した人を外部から連れてくるか、或いは内部で本当にそういう人を作り出していけるかどうかが非常に大きな鍵になるかなという感想を持っております。
 知事のお話に関連して、私達、和歌山大学として今直面している問題と絡めて言えば、そういう状況かなと思います。

小畑教授: 今の山田先生の話を受けて、知事いかがでしょうか。

知事: 学会のことについてですが、たぶん、「My観光学」つまり、自分の考える観光学のディシプリンというのはあるのだと思います。全体で1つしかありえないものなんてそうありませんので、「My観光学」を確立するということを観光学の人達が頑張らないと、「観光学なんて言っているのはナンセンスだ」という話になってしまいます。ですから「My観光学」を作る努力というのを学会でそれぞれ刺激し合いながら、学者先生や学生さんが、或いはそれをサポートする市民の方々が作り上げていったら、物凄くものの考え方に厚みが出てくるんじゃないかなという風に思います。期待しています。

山田観光学部長: 先程来、知事さんのお話にも私の話の中にもディシプリンという言葉が出てくるのですが、これはいわゆる学問分野、「何とか学」の「学」のことです。これが成立するかどうかというのが議論としてあったわけですが、改めて仁坂知事にご質問させていただきますが、自治体として実践をされていく中で、経済学というものを基盤にしながらやっていくということを言われましたが、政策をやっていく上で経済学の重要性というのは決定的であるのでしょうか。

知事: それはそうですね。ですが、経済学が全てではありません。人情とか、条理とかそういうことも大事ですから、全て経済学でうまくいくという話ではありません。けれど、経済学を基本に考えないとどうなるかと言うと、物凄く基本的な、或いは基礎的な部分で失敗するのです。ナンセンスなことを政策としてやってしまうということにも成りかねません。だからそういう分析は1度やっておかないと、きちんとこの世の中で受け入れられて回っていくかということの必要条件すらないということになるのではないでしょうか。だからと言って、他のいろんな状況によっては理論が正しくても失敗することもあります。政策というのは、結果責任であって説明責任ですから、「理屈が合っているからいいでしょう」という話とは全然違うのです。ただ、観光学を考える際にも、そういうことを考えておいた方がいいのではないか、というお話をさせていただいたのです。

山田観光学部長: 実は仁坂知事は、私の1学年上なのです。ですから、ほとんど同世代、いわゆる紛争世代なのですが、その頃に学ばれた経済学と、その後ご自分で政策当局に立たれて実践をする中で、変わってきていると実感されることはあるのでしょうか。

知事: 実は、経済学の立派なことはほとんど知りません。勉強したけれど何が残っているかと言うと、「経済学の先生がいろんな理屈を言ったなあ」ということです。ただ、その理屈とは、「ものの考え方の基本」みたいなものですから、それが頭の中に残っていて、その理屈を使って物事を考えているわけです。それで、この1回目のレジメには、少しいい加減な部分もあります。例えば、ここに『一般均衡分析』とか、『動学分析』とか書いてありますが、本物の学者が言うようなことは分らないわけです。だけど、ものの考え方として、例えば、「あるところだけ考えていたら他のところに副作用が出てくるから、全部がうまくいくように考えるのが政策当局者の仕事なんですよ」とか、それから、「観光を盛んにしようと思ってここだけ一生懸命しようとしても、他のところで抜けがあったらうまくいかないな」とか。そういうことを考えておいた方がいいということを言っているだけで、そんな立派なことを言っているわけではないのです。そういう「ものの考え方」としての経済学というのは、今でも随分役に立っていると思います。

山田観光学部長: 少し話は変わりますが、仁坂知事は大変景観行政にご熱心で、景観条例もある意味全国に先駆けて、非常に内容のあるものを作られたのですが、実は私も景観審議会のメンバーで、その過程に携わってきました。景観の問題は、経済学との関連でどんなところで意識されたのでしょうか。

知事: これは、最初に皆さんにお伝えしておくべきだったのですが、2回目の講義で景観条例について話しています。今までの講義の内容は、県庁のHPにも載せていますので、もし良かったらご覧下さい。
 それで、今の話に戻りますと、実は私は和歌山県に来て、「絶対観光を成功させてやる」と思いました。観光を振興するということは、人をたくさん呼んできて産業を盛んにし、それで供給側の観光産業に従事している人を元気にするということです。そこで、今度は「和歌山県の観光資源は何だろう」と考えました。田舎っぽい雰囲気、或いは歴史的な雰囲気、保全された自然。そういうものに起因しているものが結構あるのです。それが、人がたくさん来て、観光業を営む人達が安易に歓心をいただこうとして、サービスを行い、観光資源の保全にマイナスの効果を及ぼすようなことをしてしまったら、今度は観光資源がなくなってしまいます。そうすると、「あんな所、俗化してしまって面白くない」と観光客は来なくなってしまいます。それならば、観光資源の保全も一緒にやりながら、観光振興をやろうと思ったわけです。
 一例を挙げると、例えば熊野古道があります。熊野古道はなぜ現在雰囲気がいいかというと、熊野古道は歴史的にずっと称えられていたのですが、戦後の高度成長期の少し前に物凄く廃れていたわけです。廃れた結果、実は保全されている部分がたくさんあり、雰囲気が残っています。ところが、例えば熊野古道の側にいる人がハイカーのためにコーヒーを出そうと思って、六本木にあるような派手なお店を作ってしまったら、皆、「何だこれは」と言って嫌になります。そういうことをしないように、皆で約束事をきちんと守りながら、ここは熊野古道的雰囲気を味わってもらえるようにしようと決めました。それが長続きする道なのです。それから、自然公園が少し荒れていたので、自然公園を再編しました。これは、希少財を求めるという需要にいつまでもマッチする姿になりますし、その供給についてレギュレートすることによって、つまり、観光サービスの供給についてやってはいけないことを決めておくことによって、この需給のマッチングがずっと続く、或いは拡大していくということを期待したわけです。経済学のものの考え方を使って説明するとそういう考え方になるのですが、だいたいは直感でこういうことを考えています。

山田観光学部長: 実は景観の条例を作られる際に知事が要請してこられた東京大学の西村幸夫さんは、景観法を作った立役者でもあるわけですが、彼が「お隣の三重県の審議会も引き受けているんだけれども、和歌山県の方がとにかく熱心なので、自分も一生懸命やる」ということを言われていまして、そこに県の姿勢が表れていたのだと思います。正直に言いまして、仁坂知事は経産省のご出身なので、あまり景観に関心なんて示さないのかなという先入観を最初は持っていました。今のお話でどういうお考えを持って景観行政に当たられたのか、ひとつ謎が解けた気がします。
 今日は最終回ということですので、論点総復習を兼ねて、もう1度お伺いしたいのは、中心市街地の問題についてです。これも実は私も、中心市街地活性化協議会の責任者をかつてやっておりまして、大変、苦戦苦闘いたしましたし、実際にどうやっていくかということで、怒号が飛び交うような委員会の座長をやってまいりました。経済学から見た中心市街地ということについて、少し触れていただければと思います。

知事: その前に、経産省というお話がありました。経産省というのは、目的が「日本の富を増やす」ということです。今、私は和歌山県の富を考えればいいのですが、富を増やすにはどうすればいいかというのを考えないといけません。そうすると、和歌山県の資源を売るということが必要で、それを毀損させてはいけないと考えるのは当たり前です。ですから、そういうことを考えない経産省の役人がいたら、それはダメなのです。それから、国交省は日本の国土をきちんと整えるということを考えるのですが、整えるためには人々の営みが必要です。そういうようなことも考えずに無茶苦茶なことをしていてはダメなのです。
 それから、中心市街地の問題点で、特に講義の中で議論したのは、土地の需要と供給です。土地の需要が超過していたら地価も上がるし、皆がそこを買い求めに集まってくるということになります。では、土地の需要とは何かというと、「土地を利用して何かしよう」、或いは「そこに住みたい」ということです。住むためには生活がいるから、たぶん労働需要の関数だろうなという議論になって、結局、和歌山の地価、雇用吸収力、そういうものの話になります。そこが、下がってきているというのが問題です。私もその責任者の1人ですが、なかなか伸びません。有効求人倍率は3年間ぐらい近畿でトップなので、多少はましなのですが、全然満足できる水準ではありません。需要が下がっている中で、土地の供給はどうしたかというと、実は、和歌山市は何倍にも増やしました。供給をどういう風にしてコントロールするかというのは、都市計画の話になります。「ここに住んではいけません。ここに住みなさい。その代わりここに住んだら公園や道路や水道などの都市施設はきちんと市役所が提供しますよ。その代わり、供給能力はこのぐらいしかないので、変なことをしてもらっては困ります」というのが都市計画なのです。この都市計画を、およそ和歌山県は、これは日本国中そうなのですが、無視してきました。この制度はとても古くからあって、ヨーロッパなどでは物凄く厳密に適用してやっています。けれど、日本ではこれを意識しないでずっとやってきました。その結果、どんどん市街化区域を増やし、或いは、条例で特例を作って、道の両側はどんどん開発してもいいんだということにしてきました。そうすると、そこには一団の土地が供給され、相対的には需要が少ないものだから、土地が安くなります。そうすると、街の真ん中に住んでいて少し家が狭いなという人はそこに行きます。所得が少なくなったら外へ行く。或いはお店の駐車場がないから困ったなということになれば外に行く。こうしてどんどん外へ行ってしまって、それを止めなかった結果、郊外に行った人は非常に便利だけれど、真ん中がすかすかになってしまいました。これは極めて自明の理です。かなり純粋に経済学的に説明ができます。これで良かったかどうか、或いはいいのかどうか。それは価値判断の問題です。市として何を判断するのか。「外側に行った方が便利で皆が幸せでいいじゃないか」という議論もあるし、「いや困るんだ、我々は歩いて暮らせるまちづくりを目指すんだ」、こういう価値判断もあるでしょう。或いはもっと言うと、「市役所の財政を考えると、そんなに外側に広がってはいけない。けれど、現実に広がってしまったものをどうするのか」という議論が政治や行政の中ではあります。また、「理屈を言っていても仕方ないでしょう」という議論もあります。そういうことを色々考えながら、1つだけ言えることは、事実を明らかにして、メカニズムを知って、その上で選択をする。これが大事です。嘘を言ってはいけません。「中心市街地を大事にします」と言って、次の日に「郊外をどんどん開発します」と言う人がいたら、それは一体どういう人なのかということになります。それはメカニズムを知らないあまり賢くない人か、或いは、卑怯な人です。そういうのは少なくとも困るなと思います。
 それから2つ目は現実との間でどうやって妥協しながらより良い街を作っていくかというのは、まさに市民の選択です。それは、なかなか県では決定できないのです。市町村レベルの意思決定の問題なのです。そういうことを皆でよく考えて分かって、その上でやるのも「学」なのではないかということを講義の中でお話したわけです。

山田観光学部長: 私自身も景観の問題と中心市街地活性化の両方に関わっていたもので、今の知事のお話は非常に興味深く、基本的には同じスタンスで考えております。ただ、現実に中心市街地活性化協議会をやっておりまして、1番大変だったことの1つは、これも知事のお話にありましたが、地域のまとまりをつけるということが非常に難しい。例えば商店街というのがいくつかあって、果たして一緒にやっていけるのかとかそういうことがなかなか難しい。その辺、和歌山県民、市民の皆さんにお伺いしたいぐらいのところです。実は私は何分の一かは和歌山の血が入っているのですが、ただずっと大阪で暮らしておりました。大阪もいろんな問題はあるのですが、どうも和歌山は地域のまとまりというのをつけにくいという印象を持っておるのですが、どうでしょうか。中長期的なビジョンで地域が持続的な発展をしていくにはどうすればいいかということを考えた時に、その鍵となるのはやはり地域の人達がまとまって、その人達で判断して、決断してやっていくことだろうと思うのですが、その辺で非常に大変だったなという印象を持っています。知事は、日々、いわば地域の合意形成に直面されている立場で、その辺はどのようにご苦労、或いはお考えになるのでしょうか。

知事: 今の話を根底から考えてみると、まず、まとまらないといけないのでしょうか。その地域のそれぞれの人達が、まず、自分達でどうしようかということをまとめておいた方がいいのかも知れませんが、なぜまとめなければいけないのか。「まとまったら何がどうなるの」ということについての確証がなければなかなかまとまりません。例えば、さっき民泊という話をしました。地域で、皆でまとまったら、修学旅行だって来てもらえるじゃないか。これは、インセンティブがあるからまとまるのです。けれど、市が持っている街の設計と違ったことでまとまってもあまり意味がありません。ですから、そのデザインを行政当局がきちんとやって、その上で「まとまった方が自分達が得だ」ということが確証されない限り、あまりまとまらないのではないでしょうか。逆に言うと行政の方は、まず「こうするんだ」ということをきちんと説明しなければいけません。「それがあなた方の利益になるんだ」ということを説明しなければいけません。そしてそうやって初めて、「あなた達まとまってちょうだい」ということが言えるんじゃないでしょうか。
 実は、中心市街地の問題というのは、昔は主として通産省がやっていました。なぜかというと、先程の都市計画の考え方が全くなかったからです。商店街を産業活性化政策として振興すれば、きっと生き返るに違いない。こう思っていたわけです。それであがいてきたのですが、そんなものでは、なかなかうまくいかない。それで、「まちづくり三法」の時代になって、ようやく「街全体の設計をしなければ応援しないぞ、それを中心市街地活性化計画に描いて来い」ということになりました。それをまた忘れていないかなあという風に私は思います。或いは、もし忘れていないとすると、少し計画が漠然とし過ぎていて、それで守るに守れないようなことになったのかなという気がします。根っこのところの話に思いが至らなかったら、やはりなかなか何事も成功しないような気がします。

山田観光学部長: 時間になりましたので、最後の発言になりますが、確かに言われるとおり、まとまること自体が目的ではないわけです。むしろ、逆に1人1人の市民の方々がいろんな意見を持つということが、大変大事なことであるということは私も思っております。ただ、ある時点で何かを決断していかなければならないという時に、その意見を1つの方向に持っていくやり方として、自治体が主導でやられている場合、それから、最近の傾向として、協働のまちづくりということで、いろんな形で市民参加が具体的に動いている状況の中で、多様な意思決定の仕方が出てきているのだと思います。その辺のところに、私達大学としましても参加していきたいと思っています。大学は昔は象牙の塔で別の世界で存在していたのですが、そんなことで生きていける時代ではなくなりました。むしろ、そこから学ばせていただくということが、「学」の発展にも決定的な時代を迎えておるという風に自覚しておりますので、ぜひとも県・市或いは住民の皆様方と一緒に、まちづくりに参加していければいいなという風に思っております。

小畑教授: ありがとうございます。今、和歌山の観光或いは地域の活性化、再生ということを巡って、行政の問題或いは市民の問題をお話いただきました。和歌山には、私ども国立大学で初めての観光学部があり、4年間学んだ学生が去年から社会にも飛び出しておりますし、中には大学院に進んで研究を続ける者もいます。今、山田学部長も申しましたが、本当に地域と繋がったそういう学部として、協働していきたいと思います。それから、仁坂知事も強調しておられまたように、「観光学としてどう作っていくのか」。そんな課題に取り組んで参りたいなと思っております。
 参考の資料として、和歌山大学の案内、63ページのところからは、学部の学生がどのような勉強や活動をしているかということを紹介させていただいております。もう1つの深緑のパンフレット、これは大学院の修士課程の概要です。先程、このシンポジウムの前に、学部長と知事が色々と相談をしていたんですけれども、この2年間の修士課程の後に、さらに文部科学省に申請して、西日本の大学では初めての博士課程を作って参りたいと思っています。そんな形で、観光の振興、そして地域の活性化ということで、大学或いは県として様々に協力をしながら進めていきたいと思っていますし、この間、このカリスマ講座にご参加いただきました県民、市民の皆様方と、また一緒になった取組みを期待したいと思います。
 最後は少し難しい話になりましたが、これがこの講座の1つの特徴でもあるかと思いますので、これをもってシンポジウムはまとめさせていただきたいと思います。

※PDFファイルの閲覧・印刷には、アドビシステムズ社が配布しているAdobe Readerが必要です。 お使いのパソコンにAdobe Readerがインストールされていない場合は、ソフトウエアをダウンロードし、インストールしてください。

このページのトップに戻る