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寄稿・提言・訓辞・挨拶集

新聞・雑誌等への投稿や、各種行事での講演・挨拶、政府への政策提言等を通じて、知事の考え方や政策を紹介します。

和歌山大学観光学部知事講義『観光を考える』第1回「観光と経済学」

 皆様こんにちは。
 今日は、観光政策を語るということで、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
 『観光を考える』という紙に、講義の流れを書いています。『観光及び観光施策の持っている本質的な側面を摘出しつつ、それを考えていく際の分析ツールとして、経済学ないし経済学的思考の重要性を紹介する。』
 私がここで言っている経済学というのは、難しい経済学ではありません。ものの考え方の中にある経済学特有のパターンみたいなものを皆さんに紹介しながら、このパターンで現実を分析するとどのようなことになるか、ということを皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

経済学の意義

<社会経済現象を究める>

 まず、『経済学の意義』から説明したいと思います。これは3つあります。経済学に限らず、「何々学」というのは、「究める」ということが基礎にあり、色々と勉強して積み上げていって、「あれが分かった」、「これが分かった」という風になります。
 ですから、基礎的なものをきちんとしておかないといけません。その1は、経済学そのものを楽しんでしまおうということで、『社会経済現象を究める』と書いています。

<社会経済現象を説明し行動原理を得る>

 次に、『社会経済現象を説明し行動原理を得る』です。言葉は難しいのですが、例えば皆さんが観光について考える。「どうやったら客が来るかな」、「どうやったら儲かるかな」、「どうやったら1番お客さんの満足度を得ることができるかな」。そういう時に、経済学の、ここに書いてある色々な物の考え方、これをツールという言葉で言いますが、それを分かっていると、「おお、そういうことか、分かった。」というこ

<合理的思考をするよすがを得る>

 それから3番目に、経済学を勉強することは何がいいかと言うと、この『合理的思考をするよすがを得る』という事になります。 経済学は、結構、論理的な学問です。よく似た仲間に、法学と経済学がありますが、敢えて言うと、法学の基本的なものの考え方、つまり根っこの所は「常識」です。あるいは「良識」、「道理」です。道理でいろんなことを説明する。法律に色々書いてあるけれど、解釈に委ねられているところがたくさんあります。その解釈をどうすべきかを色々議論するのですが、その拠り所は「道理」です。しかし、経済学は意外と数学みたいにきちんとしています。「1+1が2なんだ」ということが分かっていると、2の結果しか得られないのに、3も4も結果を得ようとしても無理だということが分かってくる。そういう論理性を身につけることができます。
 論理性を一言で言うと、「なぜ、どうして」の世界です。「なぜ、どうして」を突き詰めていくのが経済学の世界で、法学は、なぜどうしては最後まで突き詰められません。なぜならば、情などの人間の持っているものが、最後に出てくるからです。経済学は、そこにあるのは数学的なものです。数学を使わなくても、論理性で説明します。そういう違いがある。だから、経済学的な分析を一生懸命しようと思えば、物事を論理的に考えることになります。

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経済学を用いて考える際に有用な項目

 次に『経済学を用いて考える際に有用な項目』についてです。

<論理>

 経済学で1番大事なことは、『論理性』です。世の中には、「理屈を言うな、体で覚えろ」と言う人がいますが、経済学で言うと、「体で覚えろ」というのが違います。理屈を言うことから始まるのです。世の中には直感で「こうだな」と思うようなことがたくさんあります。直感で「こうだな」と思うことは、だいたい理屈で説明できることが多いのです。そういうことをきちんと説明できるのが経済学ですよ、ということを書いているのが1番目です。1番大切なことは、問い続けることです。

<人間の行動(意思決定)の結果>

 経済学というのは、2番目に『人間の行動の結果』です。例えば自然科学というのは、人間がどうしようと始めから決まっています。けれども経済学の世界では、人間の活動があって、人間がどう行動するか。その行動の結果どうなるか。そういうことを説明するのが経済学です。統計は、一人一人のいろんな経済活動の、人間の行動の結果です。そういう意味で、観光というのは、要は人間の行動です。人間が行きたくなるかどうかです。こういうことを念頭に置いておくといろんな問題が、どんどん面白くなってきます。

<合理的行動をする人間>

 それならば、人間はどういう風に行動するのか。3番目に『合理的に行動する』です。
 皆さん、お友達で「あいつは何を考えているか分からない」、そういう人はいませんか。「本来ならばそんなハズないのに」というようなことをやる人がたまにいます。そのような人は分析の対象にはなりません。経済学は、人間は合理的な行動をするということを仮定してしまうわけです。人間の合理的な行動の結果、たくさんの人が合理的な行動をすることによって、社会が動いている。そういう風に考えます。これが、『合理的な行動』です。

<競争>

 次に、経済学の大事な考え方で『競争』です。これも、「競争なんて嫌いだ」という人が多いのですが、みんな競争するという風に考えます。まず、消費者に選んでもらわなければいけない。そのために供給者は競争します。
 例えば、ホテルが2軒並んでいるとします。競争して、消費者が合理的に「いいな」と思ったホテルの方が流行る。それによって、そのホテルのサービスはどんどん良くなって、ダメな方は最終的には潰れる。また新しいホテルが出てきたら競争する。これによって社会の効率性が高まると考えます。例えば売れないものは淘汰される。効率の悪い供給者は淘汰される。それによって、社会厚生があがる、つまり全体がなんとなくハッピーになる。そんな風に考えます。
 競争が不十分だと独占です。例えば、先程の旅館の話でA社とB社があります。A社の方が人気があるとした場合、B社は値段を下げないとA社に勝てません。しかし、2社で談合して「同じ値段にしよう」と言います。それによって、本来ならば、安く泊まれたはずのホテルに消費者は安く泊まれなくなる。つまり、消費者の利益は失われます。
 それはアンフェアでしょうということで、公正取引委員会があって、「独占はいけません。協定を結んでカルテルをやってはいけません。官製談合をやってはいけません」と規制しています。少し話がややこしくなりましたが、そういう競争が中心的な概念になります。

<需要と供給>

 次に、『需要と供給』。これが1番大事なことだと私は思っています。経済学によると、需要と供給が一致した所で、価格や実際の供給量が決まります。
 ところが、現実には皆それを忘れています。供給側は、供給をしさえすれば需要はついてくると思う。ところが、需要がついてくる時と需要がついてこない時があります。需要の方から見るだけでなくて供給の方から、供給の方から見るだけでなくて需要の方から、両方で見ないといけません。
 例えば、市電が復活したら街が復活するという人がいます。ある意味正しいですが、需要の要素を忘れている時は失敗します。市電が走る。そうすると便利だから街の中に住もうという人がいる。だけど、その人がどれくらいいるかによって、市電の莫大な初期投資が回収できるかどうか。回収できなければ値段を上げなければいけない。値段を上げればまた需要がないということになって、需要がどのくらいあるかによって、ある供給策が成功するかどうかが決まってきます。したがって、両方から考えないといけません。
 これは、企業経営だとすぐに分かります。企業を経営していると、需要と供給が1番大事というのは当たり前のことです。需要のないところに設備投資をすると、あっという間に潰れてしまいます。そういうことを、観光産業や観光政策を考える上でも考えておけばいいのではないかということです。

<市場資源配分の効率性・歪み>

 次に『市場資源配分の効率性・歪み』です。市場では競争をしています。自分が買いたいもの、自分が供給したいものを提案し、需要と供給がマッチしたところで取引が成立し、配分が行われます。そういう時に、経済学では1番効率的な資源配分だということになります。 資源配分とは、例えば供給側でいうと、どういうものにどういう資源、つまり材料や労働力を当てるかということです。資源配分の効率性というのは、競争によって、市場によって決まるというのが経済学の大きな考え方です。
 その時に、資源配分の効率性を阻害する『歪み』というのが発生することがあります。どういう時に発生するかというと、マーケットで全部決めさせておけばいいのに、政府が介入した時です。そうすると資源配分が歪んで、経済厚生が落ちます。経済厚生というのは、経済の効率性が落ちる、人々の幸せが減るということです。例えば、非効率な産業に、それを助けてあげようと、県や国がどんどんお金をつぎ込んだとします。非効率な産業ですから、お金をつぎ込んでも、結局、マーケットで皆の選好を得られません。つまり選んでもらえない可能性があります。タダで配ってやると言えばいいかもしれませんが、なにがしかお金を払うとすれば、くだらない物を作っていては絶対売れません。その結果、社会全体で見れば、いらない産業を一生懸命育て、政府のお金はどんどん消失し、消費者は誰も満足しないということになるわけです。そうすると、そんなことを止めて、「減税してあげるから何でも好きなようにしなさい」と言ったら、消費者が欲しいものの方にお金が回ります。そうするとこの産業が物をたくさん作り、雇用を産んで皆そちらへ雇われます。これが、市場の資源配分の効率性です。政府が関与すると歪むということです。

<市場の失敗>

 ところが、『市場の失敗』というのがあります。市場はいつも成功するとは限りません。それはどういうことかと言うと、例えば、地球環境問題を考えましょう。
 普通、企業はエネルギーを使って多くを消費しています。それによって製品を作り、消費者の歓心も得ています。ところが、地球環境問題の視点で極端なことを言えば、エネルギーを多消費する産業を、あるいはCO2をたくさん出すような産業を野放しにすると、気候変動が生じ、気候が荒れてしまい大変なことになってしまいます。そうすると、市場に任せて自由にやっていると、住みにくい地球ができて、我々の幸せもなくなってしまうということになります。こういうことは、言わば『市場の失敗』です。
 こういうことがある時に政府はどうしたらいいのか。例えば、CO2をたくさん出す産業に課税をする。或いは、生産をある程度抑えさせる。そういうことをすると、普通は、先程の『資源配分の歪み』が起こります。起こりますが、一方では、エネルギーを使わない、CO2をたくさん出さない、そういう産業の方に資源が流れることによって、地球環境問題は軽減されます。そこで、政府や県はどちらがいいかというのを考えます。
 ところが、「政策の失敗」というのもあります。愚かな政策をすると、悪い向きに加速化します。だから我々は、間違えないように、皆さんのために賢くなければいけない。まさに知恵が問われているのは、我々行政です。

<外部不経済>

 それから、経済は需要と供給で決まると申しましたが、それを内部性・外部性ということで説明できます。例えば、需要者と供給者、この2人の間で取引が成り立っているとすれば、これは内部の関係です。そこには外部の人達がたくさんいます。今の取引と関係のない人達がたくさんいて、その人達への影響を考えるのが、「外部効果」ということです。先程の地球環境問題も、まさにそのエネルギー多消費産業と、それから一般の市民との関係で、外部性があると言ってもいいと思います。
 その時に、外部に対する影響をどのように考えるか。これがとても難しい話になります。例えば、経営を考えた時に難しい話になります。隣に大規模な集客施設ができました。そのユーザーと集客施設の関係を見た時、隣にライバルが来たから影響を受けてしまいます。それから、同じ業種で大規模な集客施設ができると、そこにお客が行ってしまいます。そうすると、今まできちんと流行っていた店が、あまり流行らなくなります。そういう外部効果というのは、経営の場合良くあります。経営の場合だけでなく、政策の面でもそういうようなことが結構あります。
 一例を挙げます。和歌山県は『景観支障防止条例』というものを作りました。平成24年1月1日から施行です。これは何かというと、例えば和歌山市には、人が住まなくなって屋根が落ちかけているような家がたくさんあります。その隣の家は、花屋だったりケーキ屋だったりして営業しています。真ん中にそのボロボロの家があったら、その辺り一帯の雰囲気はとても悪くなります。そうすると、「そんな所行けないなあ」と言って客が減り、花屋もケーキ屋も廃れてきます。それでは困るから、「真ん中のボロボロになった幽霊屋敷を片付けてくれ」という要求は当然あります。けれども、その幽霊屋敷は以前は八百屋さんで、息子さんが大阪に行ってサラリーマンをしています。ご両親は亡くなったけれど、家は売らないですむだけの財力はあるから、仏壇もあるし置いておきたい。でも手入れはしていなのでボロボロです。それでは隣の人達が困るから、隣の人達の申し立てで県庁が出て行って、「なんとか壊してくれませんか」というような話をします。例えば、有識者の方が「壊した方がいいよ」と言ってくれたら、そしたら「壊しなさい」と命令をします。それでも逃げていたら、県庁が出て行ってブルドーザーで壊してしまい、更地にしてきれいにします。私有財産に対する公の見地からの介入、これを条例化したものです。これは全国でも初めてです。
 そこで、何を言いたいかと言うと、今の外部経済、内部効果ということを考えると、廃墟を残しておくことは、隣の人にとっては外部不経済です。マイナスの外部効果を与えます。これを調整するメカニズムを作りましょうというのがこの条例の目的です。ところが、県が撤去するにはお金がかかります。例えば300万円ぐらいかかるとします。廃墟が建っている時は地価が安いですが、県が綺麗にすると地価が上がります。そうすると、モラルハザードの話になります。みんな「放っておいて県にさせよう」ということになります。それはダメだから、地価が上がったら、撤去費用をもらいます
 それからもう1つの外部効果は、隣のケーキ屋と花屋が喜ぶということです。県が撤去してくれると綺麗になって自分達もいい。けれど、県が撤去した費用は公費です。そうすると、「ケーキ屋と花屋だけが儲かっては不公平だ」という話になるので、厳密な意味では、このケーキ屋と花屋に、儲かった分を求償しなければいけません。たぶん経済学はそう教えるでしょう。ところが、現実問題は、いくら儲かったか分かりません。そこで、我々がやろうとしているのは、例えば、申し立てがあった時に、「ここを駐車場で使わせてくれよ。駐車場で使ったら、私はこれだけ払いますよ」というようなことを言ってきた時は、きちんとコストを計算して、廃墟の持ち主に、「隣の人が駐車場で借りると言っているのだから、自分で撤去して下さい」と言う。そういうような仕組みをうまく作ると、外部効果をコントロールできるということです。

<モラルハザード>

 経済の制度によっては、「どうせやってくれるのだからやめておこう」という良からぬ気持ちが浮かびます。放っておいて手続きがどんどん進むと県が撤去してくれるから、自分で片付けないで最後まで放っておこうという良からぬ方向に人間が動いていきます。これを『モラルハザード』と言います。モラルハザードがあってはいけないので、そうならないように、撤去費用を地価からいただくことにしています。モラルハザードを防ぐための制度も必要です。

<制度と意思決定>

 そのように制度というのは、意思決定の前提になります。例えば、とても高率の税金がかかっている物というのは需要が増えません。なぜならば、それで儲けようと思ったら、値段をうんと上げないと間接税を払えないからです。昔の物品税は、今の消費税と違い、「宝石は何割。自動車はこのぐらい」と税率が決まっていました。「それは資源配分を歪める」といって一律に消費税をかけることになったのです。そのように、制度というのは、人々の意思決定を左右することがあります。
 例えば電気代を考えましょう。日本で物を作るか、或いは中国や韓国やカナダで物を作るか、こういう風に考えた時に、日本の電気代はあまりにも高い。カナダは水力なのでとても安い。こうなったら、みんな日本で作るのを止めてカナダへ行こうということになります。制度によって意思決定が変わってきます。その制度が、例えば「日本は水力資源が少ないからどうしても高くなります」というだけであれば、これは資源の価格メカニズムによって自然に決まってきます。ところが、人為的にそれをやったら、それはまさに制度の問題です。
 極端な例で言えば、火力発電所を動かすと廃棄物が生じます。「全く硫黄も窒素も出すな」と言って、ものすごく厳しい規制をかけたら、まともな発電所はできません。そうすると、「こんな所でやってられない」と言ってみんな出て行ってしまいます。一方、何も規制しないと、企業はモクモクと煙を出し光化学スモッグが発生します。だから、どの辺で折り合いをとったらいいか、人々の合理的な意思決定を通じてうまくいくか、ということを考えていかないといけない。これが『制度と意思決定』ということです。
 もう1つ例を言うと、高速道路があります。高速道路で便利に早く行けるということは、「どの地域に観光に行こうかな」という意思決定が変わってきます。例えば私が子どもの頃は、大阪から新宮に行くのと下関に行くのとはほとんど同じ時間でした。値段も同じぐらいでしょう。そうすると、新宮に行って伊勢エビを食べるのと、下関に行ってフグを食べるのとどちらがいいか。好き嫌いもありますが、後は値段と相談です。
 だけど、現代社会で1番大事なのは、時間価値です。時間は、「機会費用」という概念を使えばお金に換算できます。そうすると、その機会費用で1番安い所はどこかというと、近い所です。ですから、近い所には人が行きます。高速道路ができると、人々の意思決定が変わってそちらに皆で行くことになります。これは社会実験と称して、簡単な実験がされました。例えば舞鶴の道路がタダになりました。そうしたら、みんなが北京都に行き、和歌山に来なくなりました。実験が終わると、舞鶴の客が減り、和歌山に人が来ました。人為的にこういうことをしてはいけないということです。
 「高速道路を造る時に国民全体としてこのぐらいのお金をかけているのだから、これを合理的に吸収するような料金にさせてもらいます」と決定すれば、人々はそんなに非難はしません。それを、気分で「舞鶴はタダにしよう、和歌山は嫌だ」ということになると、人々の意思決定は変わってしまい、和歌山に来るべき人が舞鶴に行ってしまいます。これは経済学的に言うと、「経済厚生が下がる」ということになります。

<部分均衡と一般均衡>

 それから、『部分均衡』という概念です。どういうことかと言うと、「部分的にだけ物を見てはいけませんよ」ということです。先程の外部効果もそうです。そういうようなことを言っているわけです。
 観光の例で言うと、例えば和歌山県が勝浦にものすごくてこ入れをしたとします。「勝浦の温泉地に行った人に1万円あげますよ」と。そうすると、「加太に行こうかな、和歌浦に行こうかな」と言っていた人が皆勝浦に行ってしまい、残りの所はスカスカになってしまいます。こういう政策をしていいのかというと、それはたぶん間違いです。だから、私は知事として、少なくとも和歌山県の人達には平等でいるようにしないといけないと思います。「勝浦の人は喜ぶかもしれない。だけど、白浜の人は泣くかもしれない。そういうことを敢えてしますか」と戒めるような時にこういうことを考えたらいいと思います。
 部分的に見ないで、一般均衡的に考えないといけないと思います。

<政策割当て>

 それから、『政策割当て』というものがあります。。
 今、EUで大変なことになっています。ユーロという統一通貨が壊れるかもしれないという話があります。私は20数年前イタリアにいました。その時に、「この制度は絶対に潰れる。ナンセンスである。」と言いました。どうしてそう言ったかというと、この政策割当ての理論があるからです。例えばマクロの経済政策を考えると、金融政策、財政政策、為替政策、色々なものがあります。金利が凄く安い時は、財政政策を使って景気を立て直し、あまりインフレにならないように金融政策をやります。それで結果的には、競争力に差が出るので、それは為替で調整したらいいじゃないか。変動為替でいいじゃないかというのが、たぶん経済学の先生の考えです。
 ところが、1980年代の終わり頃に、統一通貨を作ろうという動きが起こりました。統一通貨を作るというのは、まず為替を固定化してしまおうということです。そうすると、それによって、財政金融政策が縛られてしまいます。財政政策は各国が勝手に決めるのですが、ヨーロッパで1つに決めるわけではありません。そうすると財政政策でいい加減なことをすると、このシステムが崩れていきます。その結果、ギリシャは大変になっています。
 このような動きがあった時に、日本の経済学者はどう言ったか。当時よくイタリアに来られた一橋大学の先生方は、1人を除いて、「いいじゃないか」と言いました。
 だけど、論理が合わないことはどこかで破綻します。だから必ず、「辻褄の合っている」、「道理に合っている」、「理屈できちんと説明できる」、そういうようなことを心がけないといけません。

<動学分析>

 次は『動学分析』です。動学の反対は静学です。静学というのは、今の世界が変わらないと思って分析することです。ところが、先程から言っているように、ある一つの意思決定を行えば、その後の世の中は変わってしまいます。「変わっていることをカウントしないのはおかしいぞ」ということです。
 一例を挙げます。高速道路にB/C(ビーバイシー)というのがあります。Bはベネフィット、Cはコストです。「費用便益分析」と言います。高速道路を造る時に、どのくらいの便益があるかということを計算します。これは交通量を中心にしてカウントしていきます。「今はこれぐらいの交通量だけれど、高速道路ができると1.2倍くらいになるな。1.2倍の交通量があるとこのくらいの便益があるな。それに対して、建設する時にはこれくらいのコストがかかるな」というのを比較します。コストが大きいか、ベネフィットが大きいか。ベネフィットが大きい時に作りましょう。これがB/C、費用便益分析です。国交省は、高速道路を造りたい。だから、計算をする時にベネフィットを少し甘くします。「1.5倍くらい増えるんじゃないか」と計算します。その結果、全国の高速では、採算の悪い例がたくさんあります。だから「高速を造るのは止めましょう」と、民主党の政治家が野党の頃から言っています。私は正しい所もあると思います。しかし、実はその逆もあります。
 例えば、和歌山のようにそれまであまりにも道のひどい所で高速道路ができると、人々の意思決定が変わります。つまり、「あそこは便利になったから行こうか」ということになり、結果的に交通量が増えます。意思決定をした時に甘く算定したものよりも実はもっと交通量が増えるということも、不便な田舎では起こります。
 一方、東京の近郊などは、元々どこかを通っているわけです。便利になったかもしれないけど、別にそれで交通量が増えるわけではありません。それで、実際の交通量はそんなに増えないということになります。
 ある経済行為があって、制度ができると状況は変わります。変わった後の姿で、我々は是非を考えないといけません。観光だってそうです。ホテルの経営だって皆そうだと思います。変わっていく。どう変わるかを予測する。それがやはり大事なんじゃないかと思います。

<国際競争力>

 最後に『国際競争力』です。皆さんは、私の世代と比べて、かなりインターナショナル化、グローバル化していると思います。けれども、自分が直接見えている世界のそのもっと向こうに、また次の人が見える世界があります。結局、「地球の中で自分はどういう位置づけなんだろうか」、そういうことが分かっていないと、色々な均衡や需給がきちんとしているかなどと考えた時に、日本だけで考えるとうまくいきません。
 例えば、和歌山では繊維産業がとても盛んでした。けれど、発展途上国との競争が一般的になった時に、「途上国で作った方が儲かるじゃないか」と思う人がどんどん海外へ発注しました。初めは品質が悪かったけれども品質が良くなり、韓国や中国、ベトナム、インドなどから繊維製品がどんどん入ってくるようになりました。その結果、和歌山の繊維産業は競争力で随分後退して、ごくごくわずかな量になってしまいました。
 しかし、また別の例があります。例えば私が電気産業の非常に良い部品を下請けしたとします。私の相手は世界ではありません。私は三菱電機の下請けで、三菱電機がきちんと買ってくれる限り私の製品は売れます。これが正しいかというと、あまり正しくありません。なぜなら、三菱電機の調子が悪くなると発注が来ないからです。いくら良い物を作っていても駄目です。だからどうしたらいいかと言うと、「自分の製品がどこで通用するか」、「三菱電機で通用するなら他でも通用するかもしれない」。そんなことを考えて積極的に世界に出て行ったり、あるいは国際競争力上、絶対大丈夫な所と取引をする。そういうようなことを常に考えていないといけないと思います。

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観光を考える際に有用な項目

今度は3番目、『観光を考える際に有用な項目』ですが、大事なことが4つあると私は思います。

<観光資源−ものめずらしさ>

 1つは、観光、或いは観光資源というのは、「ものめずらしさ」だと思います。もっと文学的に言うと、「非日常性がどのくらいあるか」ということだと思います。
 自分の家でも結構幸せに暮らせます。だけど、「ちょっと違うことをしてみたい。野生のペンギンを見てみたい」なんてことを考えると、これはオーストラリアかどこかに行かなければ駄目です。和歌山と同じようなことをどこかで提供しているとしても、和歌山人である私達はそこにはあまり行きたくありません。「非日常の世界がありますよ」と言ったら、そこへ行きたいなと思います。そういうことが大事だと思います。
 この希少性を、この非日常や特異性をどうやって守るか。観光資源の保全や、「意外と自然保護みたいなことが観光を守っていく上では大切なんだ」ということを、次回は議論したいと思います。

<観光客のコストパフォーマンス>

 2番目に『観光客のコストパフォーマンス』ということが論点です。観光客が「珍しい所に行きたいな」と思います。けれどもペンギンを見たいと思っても、オーストラリアに行ける人はそんなにたくさんいません。或いは何回も行けません。
 大阪市内に住んでいる人が、「綺麗な海を見たい」と思ったとします。そうすると、「機会費用」という概念で時間もお金に換算できますから、「どこに行くのが1番得か」、そういうことを考えます。そうすると、昔ならば、「和歌浦に決まっているじゃないか。」、「紀南に行きたいな。」というような話になりました。ところが、今は簡単に沖縄に行けます。それから四国や能登半島にも行けます。能登半島に行くのが便利か、和歌山県に行くのが便利か、コストパフォーマンスで決めるわけです。
 だから、「観光客はコストパフォーマンスのことをいつも考えている」ということを前提に置いて経営したり、政策をしたりするということが大事だと思います。

<情報伝達>

 それからその次に『情報伝達』です。「和歌山には本当は物凄くいいものがあるのに」と言う人がいます。しかし、それをどこまで皆が知っているか。知っていればこそ、「いいものがいい」という理解になるのです。
 例えば、パンダを見たいとします。パンダを見たいという東京人は、選択は2つしかないと考える可能性があります。1つは上野、もう1つは中国。しかし、パンダを見たければ、白浜に来ればいいのです。皆さんも良く知っていると思いますが、だけどそれを知らない人に、どうやって、「和歌山にはパンダが8頭もいますよ。」ということを知ってもらうかというのが、物凄く大切になってきます。だから、情報伝達というのは、とても大事だということです。

<おもてなし、総合力>

 それから最後に、『おもてなし、総合力』です。観光業者や政府が色々考えたり、観光資源が色々あったとしても、観光客に「本当にいいなあ」と思ってもらわないといけません。それには、観光産業以外に、或いは観光政策当局以外の人も大いに関係すると思います。
 例えば、住民がとても排他的で愛想がなければ、観光客は「2度とあんな所には行かない」ということになります。それから、旅館の従業員に真心がこもっていなければ駄目です。皆が、「旅人をきちんと迎えることがこの地域の誇りなんだ」と思うことが大切です。そういうような『総合力』がこの和歌山にあるか。そういうことが物凄く大事です。観光を考える際には、こういうことを考えておかないといけないと思います。

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まとめ

 今日の講義をまとめると、まず、経済学的に考えることが大事で、それは「なぜ、どうして」を論理で詰めるということなんだということ。
 2番目は、「経済学のツール」を使いながら色々ものを考えていくと、少し正しいものの考え方ができるようになるということ。
 それから、観光を考える時には、「観光資源はものめずらしさ」、「観光客のコストパフォーマンス」、「情報伝達」、「おもてなし、総合力」という4つを基本にものを考えていったらどうかということです。

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