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寄稿・提言・訓辞・挨拶集

新聞・雑誌等への投稿や、各種行事での講演・挨拶、政府への政策提言等を通じて、知事の考え方や政策を紹介します。

平成23年度新規採用職員研修・知事講話

平成23年4月12日
和歌山県職員研修所 講堂

1.はじめに

 皆さんこんにちは。入庁してから今日で12日間も経ったのですね。皆さん研修に次ぐ研修でちょっと疲れたという頃ではないかと思いますが、今年もこの講話のために準備をしてきましたから、1時間ばかり付き合っていただきたいと思います。
 私も人事院の合同研修を受けた時に、「講師は良いことを言っているな。」と思った記憶があります。私の話の賞味期限がどれくらいかは分かりませんが、これから役所で仕事をするうえで少しは栄養になるようなことがあるかも知れません。そういう意味で、よく聴いてください。

 さて、今日は3つのテーマを用意しました。一つは『和歌山県庁職員の心得』です。いつも私はここに来て、どちらかというと和歌山県のサブスタンス(実態)に関係するところを皆さんに話していたのですが、今回から精神訓話風に話したいと思っていますので、こういうのを作りました。
 それから、その次は『和歌山県庁べからず集』をやりたい。それから『和歌山県庁安心集』をやりたいと思っています。べからず集ばかりで、「あれやってはいけない。これやってはいけない。」と言われるばかりではドキドキしてしまうので、「まあ、心配するな。」というのを最後に言いたいと、こういうことであります。

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2.『和歌山県庁職員の心得』

 そこで、『和歌山県庁職員の心得』から始めますが、仕事の流れについて、上から順に、「使命感・正義感」、「実態」、「考える」、「技術」、「対策」、「勇気」、それから「謙虚」と書いています。仕事というのは、このような流れで成り立っているのではないかと思うんです。

①『使命感・正義感』
 まず、「使命感・正義感」
 県庁職員には、厳しいことや苦労がたくさんあるけれども、「県民のために尽くすのは良いことではないか。」という風にみんなが思っていれば、なかなか面白いわけです。そういうことが「出発点」ではないかと思います。
 そこで必要なこととして書いているのは「熱意」で、「使命感」や「正義感」が「熱意」によって裏付けられれば、県民の力になる仕事をやろうという気持ちが出てくるのではないでしょうか。それが馬鹿馬鹿しいというふうに思ったら、県庁で働くということは「何のための人生か」ということになるのではないかと思います。なぜかというと、例えば、人間は、一生何か仕事をして、そのうちに死にますよね。死んだ時に、一生懸命やった結果、「なかなか良いことをしたではないか。」と言われた方が気持ちが良いでしょう。こういうことが何となく実感されていると、辛いことでも乗り越えられるし、乗り越えた時にはとても良いことをやっている可能性がある。頑張ってくださいということです。

②『実態』
 その次は、「実態」です。これはたいへん大事なことです。
 「私たちは県民のために尽くすのだ。」というふうに思っても、「問題点は何だろう。」、「世の中はどうなっているんだろう。」ということをちゃんとわかっていないと、力み返って空振りばかりということになりかねないですね。バットにちゃんと当てないと人々は幸せにならないから、そのためには、机に座って理屈だけこねていてもダメです。アンテナを高くして、人の話をよく聞いて、それからよく勉強せよ。
 勉強せよというのは、書物を読んで勉強するのも大事ですが、その「実態」を知るということが勉強するということですね。そのために、人とたくさん話をして、「本当はどうなんですかねえ。」とか聞いてみて、一生懸命、現実に立ち向かったら良いのではないかと思います。諸君たちはまだ若いのだから、どんなに質問をしても許されます。これがなぜ大事かというと、先に言った「問題の所在」、「真実はどうか」ということをしっかり認識することが重要だからであります。これがないといつまでも学生のままですね。立派な学生のままで終わってしまう。

③『考える』ということ
 これがまた大事です。例えば、問題がわかる。問題がわかったときに、「これをどうしようかなぁ。」ということを「考える」。「こうしよう」と考えたことを実現して初めて県庁の公務員として〝1点〟ですね。今までは〝1点〟ではないんです。〝1点〟の準備として「実態」の勉強をしたということですから、「どういうふうにしたら良いのかな。」ということを考えなければならない。
 それには、「何故、どうして?」が必要なのです。「何故、こんな問題が起こっているのか、変だな。」、「こう言っているけれども本当かな。」ということがある。何か「苦しい、苦しい。」と色んな人が言っている。だけど世の中にはもっと苦しい人がたくさんいるかも知れない。そのもっと苦しい人を先に助けなくてはいけないということもありますね。だから、「苦しい、苦しいとあの人が言っていますよ。」というのではいけないので、例えば横に比較してみたときに、どのくらいこの人が苦しいのか、何故この人を助けることが必要なのか、どういうふうにしたら本当に助けられるのか、ということを考えなければなりません。

 そこで、『へっぽこ役人にならぬよう』というのがあるんです。
 ここで言っている「へっぽこ役人」というのは、考えない役人です。例えば、ルールどおりやるという名目の下に冷たい行政をしているということもあります。我々がルールメーカーなのですから、ルールなど変えようと思えば変えられる。一方で、人間の本質のようなものは変えられない。例えば、人の心とか正義とか。「これが正義だ。」と勝手に言ってもダメですね。
 だけど、県庁が持っている制度とか、予算の額とか、こんなものは変えられますね。変えられるのに、「初めからそうなっているのですから、私は知りません。」なんて言っていると、それは「へっぽこ役人」ですね。何とかしてあげよう、どうしてあげよう、どうしたらよいかと、そういうことを考えるべきだと思うのです。

 それから、『頭カチカチ役人にならぬよう』ということです。
 「頭カチカチ役人」とはどういうことかというと、「へっぽこ役人」に似ていますが、「こういう時は、必ずこうするんです。」と思い込んでる人がいる。
 それは、例えばですね、「法律にないことに予算をつけるのはけしからん。」と言った人がいました。議会を通して、きちんと手続を踏んでやっていることです。もちろん、法律がやれと言っていることはしなければいけません。しかし、法律にあることだけで人々が救われるかというと、救われないこともあります。そんな時は、法律が禁止していない限りにおいて、我々地方公共団体は手を尽くすべきなんです。「実態から見ても人情の観点からも良い方法です。」と、ちゃんと県民の皆さんに説明していけば、何でもできるんです。そういうことを一切許さない人というのがいるんですね。頭でわかっていても、体が言うことを聞かない人がいるんです。誠実な人でも、こういう「頭カチカチ役人」になってしまう可能性があるので、皆さんよく注意してください。

 それから、『指示待ち人間』、これもつまらないですね。
 指示がなければ動けない、あるいは動こうとしないというのでは、本来、組織が持っている制度や機能が働かなくなってしまいます。自分の方から、多少強引にでもどんどん提案すべきなんです。もちろんルール違反はいけませんが、そこで初めて、皆さんのように選ばれて県庁に入った人達の頭脳は活かされるのです。指示待ちで、右向け右と言ったら右ばかり見ているのでは、生身の人間を育てていく意味が全くありません。従って、『指示待ち人間』はつまらないということです。自分で提案したら良い。提案のできる役人が一番偉い役人だと私は思っています。

④『技術』
 それから、「技術」というのがあります。
 この技術は何かというと、要するに、「こういう時はこうやったらうまくいく。」ということを良く知っているということですね。知っていなくても、そういうことを勉強しようということなんですね。その時にはですね、例えば、法律の制度はどうなってるかとか、あるいは、今話題の原子力でいうと、放射線や放射性物質、原子炉の構造などを知ってると、「ああしたらいい、こうしたらいい。」というのがわかりますね。法律の話で言えば、訴訟のことを知っていて、「そういうことは別に何かで決まっている訳ではないから、反論されても争えるなぁ。」とか、そういうことがわかってると、今度はそれを勇気をもってやれるということです。
 ですから、実態がわかっていて、それに関する色んな技術的な話や知識が、諸君の中で栄養になっていれば、その栄養を一生懸命消化すればいいんです。この使える栄養があるというのは大事ですね。人生すべて勉強ですから、こういう技術を学ぶために勉強して欲しいと思うんです。ただ、技術と言うんですけど、冷たい技術じゃないんですよ。「大義名分」とか、「意味」や「条理」に裏打ちされた知識、それが県庁の職員にとっての技術だと思うんです。  皆さんは、これからどんどん行政のプロになっていきます。皆さんが救うべき、守るべき相手はアマチュアです。プロならば、アマチュアを守ってあげないといかん。守ってあげるためには、アマチュアと同じ知識や力しかなかったら、絶対守れない。皆さんは、県民に税金を払ってもらって公務員として働いているんだから、それならば、公務員としての、プロとしての知識がないといかん、ということですね。

 その次に、変わったことが書いてありますね。『官僚支配に何故なるか』
 官僚支配はけしからんとよく言いますね。私も国家公務員でした。だけど、大臣に逆らって何かをやったことは一回もありません。ノーと言われたこともあります。何故、ノーと言えるか。政治家は、「それはおかしい。」、「これは手続的に間違っている。」とか、「方向性がおかしい。」とか、そういうことを判断する技術、大義名分や条理に裏付けられた技術があって、それから実態を良く知ったうえで、役人が言っていることが正しいかどうかを判断しなければならないのです。でないといわゆる「官僚支配」になります。
 私は良心的な役人でしたから、自分が知っていることを全部申し上げて、「このようにさせていただきますが、いいですか。」と言うと、大臣は、「はい、どうぞ。よくやってくれた、ありがとう。」と言ってニコニコしてくれるわけです。官僚が指示待ち人間になっては国のためになりませんから、どんどん提案をすべきです。しかし、官僚だって間違うこともあります。官僚支配などと言われないように、政治家は相応の知識を持ってないといかん。県の知事と役人もみんなそうです。私にノーとおっしゃった大臣もそういう立派な政治家でした。
 これは、上司と皆さんとの関係でも同じですね。上司の方は、皆さんが言ってくることが、「おかしいんじゃないの?」ということがちゃんとわかるような、そういう成長をしておかなければなりません。皆さんもあと10年経つと、若い人にそういうことを思われるかも知れない。20年、30年経つともっとたくさん、40年経つと卒業している、こういうことですね。

 それから、『何故、中央集権になるか』
 これはですね、さっきの技術の話とものすごく関係しています。かつて、和歌山県に限らず、日本のあちこちで、国の役人が言ったことは絶対正しい、という風な話がたくさんありましたが、それはおかしいんです。だけど、そう考える癖がついている人は、「国の役人が言ってますから。」と言って、そのとおり納得してしまうんですね。納得しちゃいけません。大体9割くらいは正しいんでしょうけど、1割くらいは「おかしいなぁ。」ということもあるわけです。
 自分の例で言うと、全国的に有名になった事件がありました。これは、「コムスン事件」というものです。かつて、グッドウィル・グループという持ち株会社の中に、コムスンという訪問介護の企業があって、全国展開をしていました。和歌山でも3つぐらい支社がある。ところが、関東の方で不祥事を起こし、厚生労働省に処分されることになりました。処分されると関東だけでなく全国のコムスンが営業停止です。すると、グッドウィル・グループは、コムスンを別の子会社に営業譲渡をすると言い出したのです。厚生労働省がその時に何を考えたかというと、「営業譲渡をされたので、コムスンという会社はもうなくなった。だから我々の処分は譲受会社には及びません。」ということでした。
 このようなことを、私はテレビで見ていました。「何を言ってるんだ。」と思いましたね。こういうのを脱法行為というんです。脱法行為というのは、法律違反を乗り越えるためにずるいことをして、その法律の禁止を免れるというようなことです。そういうようなことを、実は、役人の世界は最も嫌うんです。インチキをやって逃げようということが実際にまかり通っては、社会の秩序はこわれます。ところがそうなりそうなので私はプンプンと怒って県庁に来ました。その日は記者会見を行う日で、別の話題について会見をすることになっていました。会見の時に、記者からコムスン事件について聞かれるかも知れないということで、担当課長が説明に来てくれました。そこで私に言ったのは、まさにテレビと同じで、「コムスンはなくなったので、もう手出しができなくなりました。そういう風に厚労省が言っております。」ということでした。私は激怒して、「国の言うことなんか聞くな。」と、「脱法行為をする奴は10倍返しだ。」と言ってですね、プンプン怒って記者会見に行きました。行ったら、案の定それを聞かれました。それでちょっと怒ってるものですから、言葉がきつくなって、「他のどこでそんなインチキが許されても、和歌山では絶対許さん。正義が許さん。」と、ちょっとかっこよく言いました。
 そうしたら、その日の昼の12時のテレビで放送されて、それで世の中が動きました。そのテレビでは、厚生労働大臣と官房長官も出てきて、「これは、手も足も出ません。」と、部下から上げられたことを鵜呑みにして、ニュースで言った。最後に仁坂知事が出てきて、「一方、地方では・・・」と言ってですね、「正義が許さん」とか言ってるんですね。そのコントラストがものすごくて、いっぺんに有名になって、良い事を言ったと世論が沸いたわけです。そして、世論が沸いてどうなったかというと、その日の夜、厚生労働省の局長が記者会見をして、「脱法行為を許すわけにはいきません。絶対にやっつけます。」と言った。これは当たり前なんです。
 そこで、何故私はそれを言えたか、それから、県庁の課長は言えなかったのかというと、私には、そういう点での技術があったからです。そういう経験をしていて、法的な正義とか、やっちゃいけないこととか、ずるいことは許さないとか、そういうことをきちんとやっていかないと、世の中はむちゃくちゃになるということを、ずっと経験してきたからです。「脱法行為をしたら10倍返しだ。」というような意気込みで仕事をしていないと、悪い奴につけ込まれますね。一方、県庁の課長は、いい人だけど、若干昔からの流れで、「国の言うことは間違いないだろう。」と、考えないで受け入れてしまったということなんですね。
 だから、皆さんも、例え知事の言うことであっても、おかしいと思うことはガンガンおかしいと言ってください。上司と皆さんとの間で色々と議論になることもあります。その時にも言うべきことはガンガン言えば良い。でも、判断が分かれることも多いから、最後は上司に責任を取ってもらったらいい。だけど、言うべきことは言わないと、組織は良くならない、県民のための幸せにもならない、そういうことですね。

⑤『対策』
 それから、今度は「対策」です。
 認識は全てではない。政策立案も全てではない。実際に手を打って、人々の暮らしがそれによって良くならないとあんまり意味がない。したがって、対策の実行が大事です。で、その対策の時に大事な観点がある。『比較考量』と『副作用』です。
 世の中の話はみんな複雑で、色々あるわけですよ。その選択肢の中で、結局、全て良いというのは少ない。それを、どういう風に選んでいくかというのは結構大事で、物事ってやっぱり相対的なものなんですね。ですから、「絶対に正しいことしかないんだ。」と思い込む必要はない。
 それから、副作用というのがあります。副作用にどうやって対処していくか。良いことを採用しても、悪いことが起こることもあります。その悪いことは目をつぶるか、悪いことが多すぎるからやめるか、あるいは別の対策をもってきてその悪い勢いを除去しながら何とかするか、そういうことがありますね。
 ですから、副作用は必ずあるということを前提として、その対処法を探しながらやっていったらいいんじゃないかと、そんな風に思います。

⑥『勇気』
 その次に、「勇気」
 これは、現実の問題において対策をとる時に、大体が「あちらを立てればこちらが立たず」なんですね。その時に、どちらを取ろうかと思うわけですよ。その時に、どこかで「えいやぁ。」と勇気をもって決めないといけない。
 諸君はまだまだ若いから、こういう決断は上司がしてくれると思う。だけど、10年、20年、30年経ったら、それを諸君がしなければなりません。そのための訓練を、今からやっておけばいい。先延ばしばっかりしていると恥ずかしい。逃げてばっかりじゃつまらない。そこで、「こういうときはどうしたらいいのかな。」と思って、上司に成り代わってシミュレーションをしてみる。それで、「やっぱりこうだったのか。」という風に思いながら成長していってもらいたいと思っています。

⑦『謙虚』
 それから、「謙虚」というのがあります。
 ここでは、必要なことに『ほんまかいな』というのと、『検証、アンテナ』というのがあるんですね。勇気をもって決めたことにも、間違いはあるものです。間違いが生じていないかどうか、アンテナを立てて検証して、「間違ってない、大丈夫。」というのはそれで良いし、「しまった、間違った。」という時は、素直に謝ればいいと思います。
 それから、ちょっと難しい言葉ですが、『無誤謬性(むごびゅうせい)の神話』というのがあります。役人は公務員として選ばれてるわけだし、それから、県民の皆さんの大事なお金を預かっているわけだから、それはやっぱりものすごく責任があるわけですよね。責任があるだけに、「間違った。」ということはものすごく言いにくいわけです。「ごめんなさい。」と言うのもすごく言いにくい。それで、その結果、「間違ってない。」と言い張るわけです。あるいは「間違ってない。」と思い込む。あるいは間違ってないという前提で、全ての事をやろうとする。そうして、みんなが「一回やったことは絶対正しい。」と言ってしまうわけです。だけどこれではいけません。間違ってることが顕在化したら、謙虚になって早く謝るべきです。
 過去の決定へのこだわりもそうですね。「一度決めたんだから、そういうことは二度と変えられません。」と、そうやって突っぱねるよりは、実態を謙虚に見た方がいいんじゃないかなという風に思うんです。

 ということで、『和歌山県庁職員の心得』は終わりであります。

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3.『和歌山県庁べからず集』

 それでは、『和歌山県庁べからず集』に入ります。

①『自分の仕事でないからと言うな』
 まず、「自分の仕事でないからと言うな」ということについて。
 例えば、困っている人が県庁を訪ねて来たとする。だけど、県庁には、権限やメニューを持ってない仕事もたくさんありますね。民間企業や市役所がすべき仕事などですね。そういう事を尋ねて来られた時に、「それは、私の仕事じゃないんです。」と言うと、相手の人はものすごくがっくりきます。「冷たい人だなぁ。」と思うでしょう。だから、そういうのはやめようということです。
 皆さんは、これからプロになっていくわけで、これは市役所の仕事だとか、これは国の仕事だとか、そういうことがわかってくるわけです。そうすると、「県庁ではその仕事はやっていないんですが、市役所の人がやってます。担当者につないでおきますから、そちらに行ってください。」と言って、市の担当者に電話をしてあげたら、相手の人は喜びますね。そういうようなイメージの事を言っています。だから、「自分の仕事じゃないとだけ言うな」ということですね。

②『お金(予算)がないからと言うな』
 それから、その次、「お金(予算)がないからと言うな」ということについて。
 今は、県の財政は厳しいですね。厳しいんだけど、「予算がありません、お金がありません。」とばかり言っていてはいけません。お金がないときは、まさに頭を使って、どういう風にして対処していくか、例えば、「来年は予算を取ってくるからちょっと待っていてください。」というのもあるでしょう。あるいは、代わりの手段を考えて、「こうすると同じ効果が出るから、それでやりませんか。」と言える場合もありますね。そういう風に、頭をよく使ってやってくれるといいと思います。

③『やったふりをするな』
 その次は難しくて深いですね。「やったふりをするな」
 これは、ほんとうにごまかして「やったふりをするな。」とだけ言っているわけではないんです。例えば、啓蒙活動の中で、障害がある人への理解を深めるために、パンフレットを作ったりポスターを貼ったりする。それはものすごく良いことなんです。だけど、ポスターを貼って、それで「僕の仕事は終わりだ。」と言ってしまったら、ほんとに障害のある人が幸せになっているかどうか、わかりませんね。
 そのポスターがちゃんと効いてるかどうか、それから、ポスター以外にやることがないかどうか、そういうことを考えないと、本当の障害者福祉にならないのではないかということを言っているわけです。障害者福祉のためには、ポスターを作るのも一つの手段ですね。しかし、他にもやれることはたくさんあって、本当の目的は何かというと、障害のある人々を幸せにするということですよね。だから、そういうことを考えると、「僕の仕事はポスターを作ることだから、もう仕事は終わりました。」などと言ってはいけません、ということを言ってるわけです。

④『時流におもねるな』
 次は、「時流におもねるな」。これも難しいですね。
 これはどういう事かというと、時流に乗らないと、空気を読めない人だと言われてしまいます。多少は空気を読めないと、人も動かせないんだけど、空気ばっかり読んでたら、あるいは時流にばっかり乗るのはどうかなと思うんですね。  一例を挙げますと、大地震、大津波が来て、東北の人はとてもひどい目に遭いました。その結果、「気の毒に、かわいそうに。」と思います。ショックも受けます。それで、被害を受けていない人も、片っ端から色々なことを自粛してしまいます。しかし、それは本当に被災者のためになっているのかということです。
 そこで私は、「産業活動を盛んにして、被災地にお金をつぎ込めるようにしよう。」とか、「東日本がだめなときに西日本が頑張ろう。」とか、「自粛などしていないでそういうことを考えるのが我々の務めじゃないか。」と言いました。そうしたら、投書がいっぱい来て、「冷たい奴だ。」とか、「なんていうことを言うのか。」とか、色々と言われました。だけど、自分では真実を語り続けたと思っております。
 そして、二週間くらい経ったら、まずテレビのコメンテーターが味方をしてくれるようになって、「自粛ばっかりしてたらむちゃくちゃになるぞ。」と。三週間半経ったら、遂に総理大臣が、「皆さん、自粛なんかしないでやりましょうね。」と言い始めた。だけど、考えてみたら、東京電力が計画停電をした時に、まさに私が自粛なんかするなと言ったのと同じ時期なんですけど、政府の大臣が「全国の皆さん、節電をしましょう。」と言われていました。それは全くナンセンスですね。西で節電しても100万キロワットしか東に送れないんだから。ですから、それよりも、「こっちで一生懸命頑張って、色々なものを作って、それで向こうにどんどん送ってあげた方がずっといいじゃないですか。」というのが私が言っていたことなんです。私も本当は、「気の毒になぁ。」と、「言いたくないなぁ。」という気持ちがありましたが、敢えて言っていた。やっぱり、大事な事が何かということは、勇気を持って言うべきだと思います。

⑤『考えるのは一日でできる(調査・検討という政策はない)』
 その次は、「考えるのは一日でできる(調査・検討という政策はない)」です。
 県庁の色んな仕事を経験したり、世の中の流れをニュースで見ていると、「一年かけて検討します。」なんていっぱいあるわけです。しかし、検討している間は人々は幸せになれません。「考えるのは一日でできる」というのは、私もそうですけど、一週間考える時間が与えられても、一週間もまじめに考えていないですね。だから、考えるのは一日でできるから、検討みたいなものは、すぐにやってしまおうということなんです。
 だけど、この検討とか調査を馬鹿にしたらだめですよ。例えば、放射線量を測定するというような調査はずっとやっていないといけない。それから、コンピューターを回しても何日もかかるような計算もある。そういうようなものは、ちゃんとやらないといけない。だから、検討や調査が全くナンセンスだとは言うつもりはないけれども、「調査をします。検討します。考えます。」と言ってですね、一年もほったらかしてるというのは、世の中に、特に行政機関にいっぱいあります。
 だけど、和歌山県はそういうのに乗らないようにして、考えるべきことはすぐに考えて、「じゃぁ、こうしよう。」というのはすぐ言おう。それで、「ちょっと待て、副作用もあるじゃないか。」と、そういうのをみんなでワイワイ議論をして、結論を出してさっさと行動に移したら、その結果人々が幸せになるじゃないかと、こういうことを言っているわけです。

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4.『和歌山県庁安心集』

 皆さん、これまで要求水準の高いことばかり言ってきました。でも、忘れてしまっても結構です。だけど、ひとつふたつの言葉が残っていたら、どこかでそれを思い出して、自分を高めていってもらえたらと思います。知事や幹部は一代限り、だけど、県庁は永遠です。諸君は若い。若いから、どんどん県政を担ってもらわないといけない。和歌山県の県民を幸せにするのは諸君たちの仕事であります。したがって、ちょっときついことも言いましたが、どこかに留めておいて頑張ってください。
 しかし、あんまり大変大変と言っていると疲れてしまう。そこで、これから疲れない方法を5つ申し上げます。

①『命あってのものだね、倒れそうになったら倒れてしまえ』
 まず、「命あってのものだね、倒れそうになったら倒れてしまえ」ということです。
 皆さんは、ある意味では和歌山県のものすごく大事な資産です。資産が過労でつぶれてしまってはどうしようもない、もったいない。
 ちなみに私は、通産省で皆さんくらいの時には、ほとんど毎日午前0時を過ぎて帰宅していましたが、土日は休みでした。休みの日は、ごろごろしたり遊びに行ったりしていました。それから、毎日2時までペーパーワークをやってた頃があったのですが、2時までの勤務を5日間も続けると頭がもやもやになるので、真ん中の水曜日には、8時か9時くらいに帰って早く寝るようにしました。それから、国会対策で大変で準備が朝までかかるといった頃もありましたが、二人の部下には交代で朝まで残業をさせるようにしました。朝まで残業した人はそこで帰って午後まで寝てからまた出てこいということです。そうしないと長続きしない。
 そういう風なことを諸君の上司は考えてくれると思いますが、皆さんも、自分の体が危ないと思ったら、「命あってのものです。」と主張したり、「体の調子が悪いです。」と正直に言って、休みなさい。無理をしてはいけません。倒れそうになったら倒れてしまえ。そんな時は、日頃きついことを言っている人も大事にしてくれると思います。その代わり、誰かが倒れそうになったら、みんなで助けてあげたらいいではないか、そういうことであります。

②『いつか終わる』
 それから2番目、「いつか終わる」。
 「当たり前じゃないか。」ということなんですが、仕事をしていると、もう本当に大変な仕事があるわけです。今で言うと、福島原発の対処をしている人たちですね。あれはいつまで続くのか、いつも緊張のしっぱなしだし、もう大変だと思います。現場で頑張っている人、それから東京電力の社長さんだって、ずっと心労はかかってるわけです。菅総理だってかかってるわけです。みんなそうです。
 そういう時に歴史を振り返って考えると、全ての仕事、仕事というか事象はどこかで終わっている。ですから、我々が手掛けるような仕事というのは、歴史に記録されるようなものすごい話ばっかりじゃないんだから、大体いつか終わる。それで、「いつか終わる。」と思って、「しばらく我慢するか。」と思っていればそのうち終わるわけです。終わったら、「あぁ、苦労したなぁ。」という思い出話として残る。だから、今、重圧に押しつぶされそうになっていてもいつか終わります。そう思ったら少し気が楽でしょう。

③『言論の自由、向こう傷は名誉、失敗は栄養』
 その次、「言論の自由、向こう傷は名誉、失敗は栄養」
 仕事をしていると、たくさん失敗します。私の失敗談を3つか4つ話そうと思ったんだけど、時間がないのでやめます。また、教えてあげます。失敗しても、命までは取られません。したがって、ずるいことをしなければ、失敗は名誉と考えたらよろしい。
 向こう傷も名誉であります。皆さんは若いんだから、チャレンジして玉砕してもいいじゃないかということであります。
 それから、言論の自由ですから、諸君も、友も、上司も、みんな言いたいことは言わせてもらおう。言いたいことを言わせてくれなくて、上司が「うるさい!」とばっかり言っていたら、それはその人が悪いんです。

④『友は裏切らず』
 それから次、「友は裏切らず」
 友を裏切ってはいけません。これは、職場の同僚はもちろん、組織の論理においてもそうです。
 私は、県庁4,000人を率いています。きつい事もいっぱい言っています。知事の要求が大きいから、みんな苦労しています。みんな苦労してくれたのに、うまくいかない事もたくさんあります。そんなうまくいかなかった時に、「あれは、○○部長の出来が悪いからだ。」と言ったりしたことはありません。友は自分のために働いてくれるんだから、友を裏切ってはいけない。県庁の仕事の結果はすべて知事の責任です。諸君も、部下ができたら、部下のことは全部責任を持ってあげてください。部下と意見が対立しても、よく聞いた上で、「それはそうかもしれないけど、私が責任を持つから言うことを聞いてくれ。」ということを言えばいいんです。

⑤『県民のために奉仕するチャンスを与えられた幸せ』
 最後に、「県民のために奉仕するチャンスを与えられた幸せ」を感じよ、ということであります。
 これは、私もそうですが皆さんもそうです。資本主義の世の中で、リスクを伴う経済活動をして、精一杯の生活をしている人がたくさんいるわけです。その中で、県庁に合格した人は、「全体のために、とりあえず儲けなくてもいいから奉仕をせよ。」という風に言われているわけです。皆さんはそういうチャンスを与えられているんですね。それなら、「ようし、一発やってやるぞ。」と言って、頑張ればいいじゃないですか。もし、別のことをやりたくなったら方向転換をしてもいいんだけど、なかなかこういう機会はないぞ、と私は思います。
 ということで、『和歌山県庁安心集』だけは絶対に覚えておいて、辛くなったら思い出して、頑張ってください。

 ちょっと遅くなりましたが、これで終わります。どこかの機会で皆さんの活躍を目にすることがあると思いますが、是非頑張ってください。よろしくお願いします。

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