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寄稿・提言・訓辞・挨拶集

新聞・雑誌等への投稿や、各種行事での講演・挨拶、政府への政策提言等を通じて、知事の考え方や政策を紹介します。

平成22年度新規採用職員研修・知事講話(要旨)

平成22年4月12日 15:15~16:15
和歌山県職員研修所 講堂

●はじめに

 先日、警察学校の入校式に行ってきたのですが、そこでは皆さん大変キビキビとしていました。皆さんも精神はいつもキビキビと、何十年も県庁で頑張って下さい。
 今日は「講話」ということですが、先日(4月1日の入庁式時)に申し上げましたことを敷衍するような形でお話したいと思っています。

(参考・4月1日に訓話で述べたこと)
①「県政はこうしたらいいんじゃないかな」といつも考え、積極的に提案しよう。
②「全ての行動の規範は県民のために」ということを考え、県民の方々の幸せを追い求めて仕事をしよう。
③仕事を一生懸命するのは当然であるが、どこか故障が起こりそうになったら休むことも大事である。
  健康には十分気を付けて仕事をし、県庁を支える立派な人材になってもらいたい。

●健康について

 まず、健康について話をしましょう。皆さんは県庁にとって大切な投資です。最高の人たちを集めたと思っております。何も皆さんを甘えさせたり、褒めてあげている訳ではありません。100万人の県民のために奉仕してくれると信じているからなのです。奉仕してくれる人が、身体を壊したり、心を壊したりして奉仕できなくなると困るからです。

 そういう意味で、自分の健康に注意をするというのは自分にとっても当たり前ですが、「注意をせよと言っても仕事が忙しいからできません。」というようなことになったらダメです。それは管理者の方も「過労で倒れそうだ。何とかしないといけない。」と考えるべきですが、職員は自分からなかなか言わないものです。言えと言ってもなかなか自分からは言いにくいものですが、これは言わないといけません。ニコニコして一心不乱に仕事をしていると元気だと思われてしまいます。「最近ちょっと頭がふらふらするのですが・・・。」とか言えば良いんです。言うことで、「ちょっと医者に診てもらったらどうか。」とか「そういえば君、あまり睡眠がとれていないようだなあ。」とか。そういうことが判ってくる訳ですので、是非、皆さんも言いましょう。「よっぽど辛かったら、倒れてしまいましょう。頑張るな。」というのが私がいつも言っていることです。

 これは冗談ではなくて、私は経済産業省出身ですが、そこは無茶苦茶仕事をするところでした。私は今こうしていますが、本当に死んでしまった人もいました。私は経済産業省で採用担当官をしていましたが、そこで採用した上級職の若い職員が、私がたまたまいた防衛局総務課というところの筆頭課長補佐をしていました。
 その後、私は国土庁に出向し、私の部下の後釜で来たのがその死んでしまった人でした。無茶苦茶立派で賢く、よく頑張る人でしたが、身体を壊して取り返しがつかなくなって、本当にとうとう死んでしまいました。自分が異動せずにもう少しそこに居られたら顔色を見てやれたのになあとか、「早く帰るように。」とか言ってやれたはずなのに残念であったと、今でも悔いています。そういうことにならないように、皆さんも大いに自己主張して下さい。

 それから、私のことを言いますと実は倒れてしまいました。1年目のときの話ですが、旧通産省では1年目の職員に国会の仕事を与えるのですが、立っていられなくなるほど一生懸命仕事をしていて、毎日午前3時、4時という感じでした。目が回って立っていられないが、何かやらなければいけないということで、ソファに寝ながら、「あれはあっちに持って行って下さい。これはこうして下さい。」などと指示しながらやっておりました。そうすると、みんなが、「何だ。仁坂が倒れた?大変だ。」と言って寄ってきてくれました。しばらくしてから、「少し休め。」ということで総務課に配属されました。その同じ局の課長が、製紙工場を見に北海道に行くから一緒に行ってこいと言ってくれたのでお供をし、随分美味しいものをいっぱい食べてピンピンして戻ってきました。そういう風にして時々は休まないと具合が悪いので、そういうことを皆さんも考えて下さい。

●「権限」と「任務」・「所掌事務」について

 与えられた仕事を懸命にこなして、「私に勝る県庁職員はいません。」と、そういう風に思って良いときと悪いときがあります。

 例えば、障害福祉の仕事では、障害のある人を守るためにたくさんの方法があります。そのうちの一部は国の制度そのものであったり、あるいはその国の制度を市町村が担当していたり、あるいは県が独自に制度を作っていたり、施設が県営であったり、私立であったりします。そんな中で、県営の施設をうまく運用して障害のある人のために色んな仕事をする、そういう風に与えられた仕事を行う、それは当たり前なんですね。

 障害のある人が来られて、「少し助けてほしいのですが、何とかなりませんか。」と頼まれたとします。もしそのときに、「それは実は県の仕事ではないんです。すみませんが、市の仕事だと思うので、市役所へ行って下さい。」と言うと、言われた方はどう思われるでしょうか。公務員としての職責や権限を考えるとその通りです。市役所の仕事を自分で代わりにやってあげることはできません。国の代わりに判断することもできません。だけど、権限を持っているのは県の仕事だけだとしても、その人の立場になって考えるとわらにもすがる思いで来られているんだから、「私の仕事ではないんですよね。」と言って終わりにしたら、これはちょっとどうかなと思います。

 私は「権限」という言葉を使いましたが、「権限」のほかに同じような、我々が目標にしなければいけない言葉があります。「任務」あるいは「所掌事務」という言葉です。
 例えば、「障害福祉を一生懸命やるのがあなたの任務ですよ。」と言われるとその対応がちょっと変わってくるかなと言う風に思うのです。「自分は障害福祉のためにやらなければいけない。これは任務だ。」と思っていると、自分は権限を持っていなくても、「予め市役所の担当課に話をしておきますので、そこに行かれてはどうですか。」とアドバイスをし、市役所に、「こういう方が来られていますが、あなたのところの仕事だと思いますのでこれから行って頂きます。よろしくお願いします。」と電話をする。そこまでやったら、多分、県民の方は冷たい担当者などと思わないでしょう。そういうことを一生懸命に説明するというのが、多分、良い役人あるいは良い組織の役人になる源泉になると思うんです。

 このように、全て任務で考える。実は、皆さんの課の「所掌事務」は、県のホームページに書いています。後で確認しておいて下さい。一番最初に、「この課では、こういうことを任務とする。」と書いてあり、例えば、「障害福祉のための色んな施策を考えたり、色んな仕事をするんだ。」と書いています。これを書いたのは、私が知事になってからです。それまでは、その後にズラッと「権限」が20位並んでいました。これまでもそれらを超えて色々とやってくれていたのですが、今までの考え方だと、「権限に並んでいること以外は自分の仕事じゃないよなあ。」と言ってもおかしくはない。そういう書き方だったんですね。もちろん、県庁職員の全員がそういう風に思っていた訳ではないんですよ。だけれども、今はそれを許さず、全て「課のこういう任務がある、そしてこういう仕事が権限としてあります、このほか任務達成のために必要なことは何でもやりなさい。」とこう書いてある。ですから、そういう気持ちになって、柔らかい頭で県民にどうやったら奉仕できるのか、ということを考えてもらいたいと思います。

●県庁の一員として、県民の一員として心がけるべきこと

 「県庁一家」という言葉があります。我々は県庁の一員だから、みんな仲良くして団結していかないといけない。そう思います。そういう意味で私はこの県庁一家の親分だから、君たちのこれからの幸せも全部考えなければならない。
 一方で、「我々は県民の一員であって、県民に奉仕することを任された、そういう任務を与えられた人たちなんだ。」ということをいつも思っていなくてはいけないと思います。

 私は、外交官をしていました。外交官には「良い外交官」と「悪い外交官」があります。「悪い外交官」は、どんな外交官かと言うと、汚職する人とか働かない人とか。だけど、自分たちは外務省の一員なんだから、一般の邦人、すなわち、外国にいる日本人とはちょっと違うんだと、こういう風に思っている人も悪い外交官です。こう考えている人たちは、それが言葉に出たり顔に出たりする。これは最悪ですよね。そういう風にならないように皆さん心がけましょうというのが一つ。

 もう一つは、県民の方に必要以上にへりくだるのはやめようということです。これは県民に奉仕している公務員になければならないことではないと思います。私が県庁を見ていると、県民の方に対して、きちんとしたことをはっきりと言わない人が多いように思います。対等目線で、言うべきことはきちんと言えばいいと思います。

 それからもう一つは、知事のためならえんやこりゃ、あるいは上司のためならえんやこりゃ、というのはやめましょうということです。県庁の職員は知事を中心とする組織の一員ですから、それぞれに役割があって、例えば私がどこかで講演をするとなると、ちゃんと段取りをしてくれます。色んな資料も作ってくれます。場合によっては根回しや説得もしてくれます。しかし、それをどこからの目線でするのか、知事を機関として考えたときに、これをうまく使えば自分たちの組織として良いことができるな、と考える限りにおいてすべきなのです。
 皆さんは新人だから、組織と言えば上司ばかりです。例えばあなたの都合だけで予定を変えたら、相手の方が、あなたや県庁の組織全体をひどいところだと思いますよ、それはあなたの方が譲るべきなんですよ、と上司に対しても言うべきなんです。それでも変えなければいけないときは、理を尽くしてお願いしますと言えばいいんですが、何も上の方ばかりを見て、お客様である県民にツケを回してはいけないということなんです。そんなことを思っておいて下さい。

 もう一つ言うと、お金がない、予算がない、人がいない、これだけで片付けるな、というのがあります。特に、どこの組織でもリストラをしていて、どんどん人が減ってくる。人がいないから断る、というのがものすごくあります。それから、予算がないからできませんと言って断るのもたくさんあります。実は、予算はないのはないし、人がいないのも変わりはないし、なのにいっぱい働けと、そういうことを言っているのではありません。だけど、今はこういう事態で人がいないんですという説明はすればいいと思うのですが、そこで終わってしまうというのは愚策ですよね。そういう中にあって評価してくれることは、「例えばこんなことはどうですか?」なんてことを言ってみて、「そっちでいいよ。」と言ってくれれば、お金がなくてもできることがあるかも知れない。それならば、みんなは満足な訳ですよね。そういうことを皆さん心がけてください。忙しくて時間がないんです、ごめんなさい、と言ってもいいんですよ。ごめんでハイ終わりと、それだけで済ますのはやめようということです。

●提案をし、議論をし、よく勉強をしよう

私は提案をしろと言いました。特に和歌山県では、色んな新しいことをどんどん考えよう、それから反省もしようということで、組織的に1年を通じて今の状況を反省して新しいことを考えて、それを予算の制約の中で政策として練り上げていこうという、「新政策」というプロセスをやっています。その中で、皆さんもそれぞれの担当部署に行って、例えば班の中で、「俺たちの班は何をしよう。」とか、「今は何か問題があるかな。」とか、そういう議論に入っていくと思います。だから、否応でもこういうプロセスを経験する。その中で、「自分は1年生だからコピー役なんだよね」と簡単に決めつけるなということです。
 皆さんも頭のいい人は多いんですが、先輩はもっと頭がいいですよ。なぜならば経験を積んでいるから。だけど、もともと奇跡のような天才であった訳ではなくて、経験の中でだんだん賢くなってきた訳なんです。その人たちが、うんうん言いながら呻吟(しんぎん)をして、問題の解決法などを考えている訳です。それならば、皆さんも1年目のときから考えてみよう、考える練習をしようということです。そのためにはどうしたら良いかと言うと、上司だったらどう考えるか、知事だったらどう考えるか、組織人としてはどうしたら良いかということを、まず問題を設定してみて、それから答えや仮説を作り提案してみる。そうすると何が起こるかと言うと、大体ボコボコにされます。やられても構わない。ボコボコにされたら、「また何とかしてそれをクリアしたい。」と考えて挑む。そうするとまた、ボコボコボコの3発くらい来ますが、最後の1発が甘いときがある。そんなときは「それは違いますよ。」などと言ってみる。そういうことを大いにやったらいいんじゃないかと思います。それは何をやっているかと言うと、皆さんが成長するためのシミュレーション、訓練をしている訳です。その訓練を1年生の頃からやりなさいというのが私のメッセージです。上だからとか下だからとか言うのはやめましょう。

 ただし、シミュレーション、あるいは提案をするためには、2つのことを心がけなければなりません。
 まず、人の話をきちんと聞かなくてはいけない。ボコボコボコの内容をきちんと聞いて理解することがものすごく大事な訳です。聞こうともしないで自分の考えは絶対に正しいと、耳をふさいでしまうのは間違いです。
 それから、よく勉強せよということです。みんな勉強と言うと、最近はITが発達しすぎて、インターネットで調べて終わりというのが多いんですね。半分くらいまでは それでいいと思うのですが、「ホンマかな?」というのもある訳です。答えになっていない場合もある訳です。そうするとどうしたらいいかと言うと、和歌山弁で「ホンマかいな?」とか「なんでかいな?」とかいつも考えるんです。聞かないでいきなり、「嘘言え」とか言ってはいけませんね。ちゃんと聞いて、その上で、「ホンマかなあ、でもこんな例外もあるけどなあ」と思って「こんな例外もあるんですけどどうですかねえ・・」とちょっと言ってみる。「ああ、なるほど」と納得してもらえればそれで良いし、無理に納得されなくても良い。「なんでかいなあ?」とか「ほんまかいな?」とか、自分の一番得意な言葉(和歌山の生まれでない人もいるでしょうから)、自分の一番好きな言葉で自分の心の中で反芻してみる。私はずっと東京で働いていましたが、「ほんまかいな?」とか「なんでかいなあ?」とか、こういうときに自分の心の中で反芻する言葉は、いつも和歌山弁でした。皆さんも、自分の言葉で反芻しながら考えてやっていきましょうということであります。
 これで、三つの話を補足いたしました。

●職員倫理規則について

 後二つぐらい言いたいのですけれど、一つ目は「倫理規則」です。ほとんど国などの倫理規程と同じように作りました。私が登場するきっかけになったのは前知事の犯罪でありましたし、それからその犯罪に若干加担した人、そんなに加担した訳ではないんですが、使い走りをさせられたとか、そういうような人も気の毒ですが少し出ました。それから、それを機会に「業界にたかっているのではないか。」とか言う議論も噴出しました。そのようなことがあったので、倫理規則をちゃんと作って、それで守るべきは守ろうという風に考えた訳ですね。
 倫理規則はなんのためにあるのか、それは「これさえ守っていれば後は良いんだという風に皆さんは思って下さい。」というのはちょっと言い過ぎかも知れませんが、私はそう思っています。我々の守るべきルールは決めているけれども、我々は県庁の職員として、県民の皆さんや県外の色んな関係者の方とコミュニケーションを断ってしまってはいけないと思うんですね。
 例えば、県土整備部で基準を作っているような人が建設業界の人と一緒にご飯を食べてはいけないか。決してそのようなことはありません。そんなことを恐れる必要はありません。ちゃんと自分でお金を払いなさいと、それだけを言っている訳です。むしろ、自分の仕事の客体なんです。県土整備部で公共調達の基準を考えている人は、業界はどう思っているかとか、何に不安を持っているかとか、何に今悔しいと思っているかとか、相手の方は一番大事な情報の発信源ですね。ですから、萎縮することなくどんどん付き合いましょうと私は言っています。私の行動はまさにそういう風にしているのでありまして、県のホームページに「ようこそ知事室へ」というページがありますが、そこで全ての活動を報告しています。
 皆さんも、将来は県民の皆さんに対して「こういう方と公務でお食事をしました。」と言って全くおかしくない場合があると思います。そういうときは堂々と申告をして、情報開示をして下さい。要は、県のために役立つ確証が持てることであれば、そして倫理規則で禁じられていないことであれば、萎縮しないで県民の方とどんどん付き合えということを勧めたいと思います。

●悪い役人にならないために

 最近よく、政治主導でなければいけないとか、官僚主導はいけないとか言われていますね。しかし、堂々と『官僚支配をする役人』は立派な役人であるかも知れません。私は選挙で選ばれているので、政治家のうちなんです。和歌山県庁においては、隠したり騙したりせず、真っ当な手段を用いて知事を支配しようとすることを大いに奨励したい。それから、上司、例えば課長や班長を正しい方法で支配しようとしたって全く構わない。自分の意見を言ってそれが通り、上司には、採用したことについては責任を持って部下を守るという気概があればそれで構わないと思います。従って、和歌山県庁に関する限り、官僚は黙ってうつむいて、上司や政治家(私ひとりしかいませんが)の言うことだけ聞いていれば良いなんて言うつもりは全くありません。ガンガンやれと言いたい。操りに来たかったらどんどん操りに来い、それが私が諸君に申し上げたいことであります。

 次に、『へっぽこ役人』です。どんなところがへっぽこかと言うと、与えられたことや言われたことしかしない。県で言うと、例えば国の言ったことに何でも従う役人というのはへっぽこ役人だと私は思うんです。あるいは、例えば県の条例や規則、仕事のやり方について非常に硬い解釈をして、自分から「私の仕事ではありません。」と言ってしまう。そうやって自分の身を軽くし、責任を回避する。こういうのがへっぽこ役人の典型、一類型です。
 例えば、国の人と議論をして、法律の解釈として「こんなことしかできません。」などと言われても、「それはおかしいのではないか。法律の目的からこの法律はこう解釈すべきではないのか。そのようなことは県が決めるべきものではないですか。」というようなことを大いに議論しないと、我々の後ろにいる県民が泣く可能性がありますね。従って、そういう意味でのへっぽこ役人というのは、ともすればなり易いものですよということを申し上げておきたいと思います。

 それから『月給泥棒』ですが、へっぽこ役人がやる気をなくしたら月給泥棒になってしまう。皆さんは、今の制度ではよほどのことがない限り定年まで勤めることができます。 だけど、それは県民の方が皆さんに良い仕事をしてほしい、県庁の職員として自分たちを守ってほしいと、そういう風に思っているからある意味での特権みたいなものを供与してくれていますね。しかし、「自分がここに居るのは当たり前だ。」とか「自分の仕事でないなあ。権限もないよ。」なんて思ったら、だんだん月給泥棒の方に近づいていくような気がしませんか?私も、実は皆さんよりも給料はいただいております。いただいている分、皆さん以上に緊張して色んなことをたくさんしなくてはいけない。
 だけど、一番初めに申し上げたように、身体を壊してまで無茶苦茶に働くことはありません。奉仕できる能力を超えてしまったら、きちんと自己主張をして、その状況を解決しなければならないと思います。

 先程の政治主導の話で言えば、例えば、絶対にこのようなことはしませんし、絶対にそのような知事であってはいけませんが、仮に客観的に見て不公平な予算の付け方をしたとき、皆さんはどうしたら良いか。「この予算の付け方は間違っています。」とはっきり言ったら良い。「そんなことをしたら不公平です。」と「多くの人に、あなたは政治家としても嫌われますよ。そんなことは明らかではありませんか。」というようなことを言ってあげるような官僚であってほしいと思いますね。そうすると政治家と官僚の間の関係がものすごく生産的になります。

 役人が提案をしなくなり、バッシングの中でやる気をなくし、月給泥棒になってしまう。そういうことが和歌山県では起こってはいけない。従って皆さんは何を言っても良いですから、どんどん提案できる立派な役人になって、かりそめにも月給泥棒やへっぽこ役人と言われないように頑張ろうではないかということを申し上げて、私のお話といたします。

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