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寄稿・提言・訓辞・挨拶集

新聞・雑誌等への投稿や、各種行事での講演・挨拶、政府への政策提言等を通じて、知事の考え方や政策を紹介します。

県立那賀高等学校 記念講演

平成20年12月18日 和歌山県立那賀高等学校体育館

校長

 本日、和歌山県仁坂吉伸知事を本校にお迎えして、 『和歌山県の高校生に期待する』という演題で講演をしていただくことになりました。 たいへんありがたく感謝をしています。ありがとうございます。 高校生の皆さんは、夢・志・希望をもって、 これからしっかりと歩む機会にしていただきたいと思います。 そして、皆さんはこれからの和歌山を担い、 和歌山を支える若人としてしっかりと歩んでほしいと思います。

司会

 それでは、知事、よろしくお願いいたします。
一同起立、礼、着席。

知事

 皆さん、おはようございます。 今日、皆さんにお話をする機会を与えていただきまして、 校長先生をはじめ、皆さま方、本当にありがとうございます。
 お手元に資料を用意してもらいました。 その資料の目次にしたがって話をしますので、しっかり聞いて理解をしてほしいと思います。 「知事は何を言いたいのかな?」と思って聞き、「うん、そうやなぁ」とか、「そうかな?」とか、 自分で考えながら聞くことが大事です。 そして、尋ねられたら恥ずかしがらずに積極的に答えてください。
 あとで皆さんから質問を受ける時間がありますが、そのときには私が答えられるように、 皆さんも考えて質問をしてほしいと思います。 皆さんが質問をするときに、よい答えを返してもらうには、 まず、自分が思っていることを理解してもらうよう、 「自分はこういうことを知りたいから、こういう質問をしている」 という自分の気持ちを相手に伝えるのがよいと思います。 これは会話のコツです。

 お手元に2つの資料があります。 1つは、『和 nagomi』という、県庁がきれいなカラー印刷で 年に3回ぐらい発行している広報誌があります。 それには私が和歌山について和歌山にゆかりのある人と行った対談を掲載しています。 資料には、日産自動車の代表取締役、最高執行責任者である志賀俊之さんとの最近の対談を載せています。 皆さんもご存知だと思いますが、今の日産自動車の一番のトップはカルロス・ゴーンさんですが、 その下で、経営の全部を任されているのが、この志賀俊之さんです。 志賀さんはご存知のように、この那賀高校を卒業しています。 その志賀さんとのいろいろな話をこの雑誌に載せています。
 志賀さんとの対談で、皆さんのためになるよいことを聞きましたのでお話します。 1つは、「何で、日産という会社を選んで頑張ろうとしたのですか?」と私は尋ねました。 志賀さんのお父さんは自動車のディーラーか何かをされていて、とにかく自動車が好きだった。 だから志賀さんは「自動車会社に入ると絶対よいと思った」と言っていました。 それで、自分の望みとか目標とか好みとかを追求していくことが たいへん大事であるということを紹介させていただきました。
 もう1つは、志賀さんは人口が2億人いるインドネシアという市場に注目して、 そこで日産が車を販売するという企画をしました。 あまりうまくいかなくて、その責任をとって、インドネシアに赴任しました。 日産という会社は大変歴史の古い大きな会社で、いろいろなよどみがたくさんたまっていました。 そこで、彼は会社のやり方などについて「こういうふうにしたらいいのに」 というようなことをいろいろ徹底的に考えたのです。 そして、それをどんどん進言したのです。 そのことを、私は大変立派だと思います。 カルロス・ゴーンさんが経営改革をして、日産は見事に立ち直っている状況です。
 皆さん、時流に乗った意見を言うのは簡単です。 たとえば、みんなが「右だ」と言っているときに、「そうや」といって後からついていくのは簡単です。 しかし、その時に「ちょっと待て。右へ行ったら、そこに崖があって皆落ちるぞ。 どうもそんな気がする」と言って、みんなが嫌がるかもしれないけれども、 ちゃんと自分の意見を述べることはものすごく立派なことだと思います。 志賀さんは大変若いのですが、その立派さが認められて、今、社長になっています。 社長になるためにやるというのではなくて、自分が今置かれた状況の中で何が大事かをよく考えて、 「大事なことは進言しよう」という心構えで実行してきたことが大切であると私は思っています。

 2つ目は、『高校で諸君は何をしたいか』です。
先ず皆さんに尋ねようと思います。君は、那賀高校で何をしたいですか。

生徒A

 特に何もないです。

知事

 特に何もないか。「なんかさみしいなぁ」という感じがするんだけれど、あなたはどうですか。

生徒B

 大学に合格するために勉強ですね。

知事

 えらい。それはものすごく大事なことであると思います。
スポーツで頑張りたいという人はいませんか?

生徒C

 柔道で日本一になりたいです。

知事

 えらい。皆さんは思いがいっぱいあるのですね。

生徒D

 高校で、ソフトテニスの日本一を取りたいです。

知事

 よし、えらい。自分の意見を持っている人がいっぱいいますね。 先ほどの人も本当は、何か自分の思いを持っているのでしょうが、 いきなり聞かれて言いにくかったのでしょう。 大学に合格するとか、柔道日本一とかソフトテニス日本一とか、 自分の意見を持っているということはえらいと思います。 それでは、何のために大学へ入りたいのですか?

生徒B

 先生になりたいので、その夢に向かってやっています。

知事

 もっとえらい。

生徒B

 ありがとうございます。

知事

 本当にえらい。学校で何かやりたいことがあるというのはものすごく大事です。 先ほどの志賀さんの話にもあるように、志賀さんも「自動車関係のことをしたい。 それで日産に入りたい」という目標がありました。 「大学へ行きたい、先生になりたい」などの目標がはっきりしていることが大事です。 また、「そこに山があるから登るんだ」、「私は大学に入るために頑張る」、 「意地でも入ってやる」とか、そういうのも別に悪くはありません。 「いい大学へ入ったらカッコええやないか」とかも大事であると思います。
 大学入学試験のための勉強は苦しいけれども、「大学へ入ってからこういうことをしたい」と考えたら、 その苦しさを乗り切ることができる可能性はより高くなるのではないかと思います。 それから、大学に入った嬉しさで我を忘れて、自分を見失う人もいますね。 したがって、はじめから「こういうことをやりたい」と思って、 いつも自分の人生を考えていることは、ものすごく大事なことであると思います。 先ほど答えてくれた人の場合は、「大学で、先生になるための勉強をする。 卒業して先生になりたい。 そして立派な子を育てるぞ」と目標をもって自分の人生を考えるのは、 すばらしいことであると思います。
 次は、『やりたいことをひたむきにやる』ということです。 大学受験であるとか、柔道日本一、ソフトテニス日本一とか、 やりたいことを一生懸命やることが大切です。 そしてそれをみんなが評価するというクラスや学校や社会がものすごく大事であると思います。 和歌山県もそうであることが大事だと思います。皆さん、 やりたいことを一生懸命やることが大切で、 それを周りの人が「1人ガリ勉をして」とか「あいつだけええ格好して」とか、 茶化してはいけません。 「あれはこんなところが悪い。こちらはこんなのが問題や」などという言葉が、 テレビなんかでたくさん流れてきます。 批評したり評論をしたりするというのは、そんなに難しくありません。 少し調べたら、かなりのことは言えるのです。 しかし、それだけで社会が成り立つというわけではないし、 人生が成り立つというわけではありません。
 したがって、「自分で一生懸命やる、前に向かって進む」という人たちがたくさんいて、 その人たちのことを見て、ちょっとした評論なんかがあってもいいというぐらいの感じだと思います。 みんなが評論家や批評家になった世界というのは、その人の人生だって楽しくないでしょうし、 その社会だってあまり面白くないのではないかと思っています。
 今年は4人の日本人研究者がノーベル賞を受賞して大変うれしく思っています。 その中で最も学者らしい学者は、下村脩さんだと思います。 オワンクラゲをずっとすり潰して頑張りました。 どうも、天才学者という感じではないですね。 クラゲの中に発光物質があって、これを利用するということは人類のためになるということを信じて、 毎日毎日、クラゲを山のように取ってきて、すり潰してきました。 そういうひたむきさが、最後は報われるのだろうと思います。 その研究を利用して、病気の治療に役立てるとか、 その他たくさんの用途がこれから出てくることでしょう。 それは下村さんが毎日毎日、クラゲをすり潰したことによって可能になるわけです。 ですから、「何をやっているの」とか、「クラゲなんか取って一文の得にもならないよ」とか、 そんな否定的なことを言わないで、「クラゲの中にある光る物質を利用することは絶対大事だ」と 彼は信じてやってきたというような積極的なことを、高校生のときから考えてもらいたいと思います。
 勉強や研究、スポーツでも何でも「一生懸命やる」、「やりたいことをひたむきにやる」ということは、 それ自体が才能であり成果であると私は思っています。 たとえば、勉強をするということはなかなか辛いと思います。 もっと安楽なことはたくさんあるでしょう。 しかし、勉強をするということは、「勉強ができて結果がよい」ということではなくて、 「自分が勉強をすることができる。 勉強をするという苦労、苦痛に耐えることができる」ということに価値があると思います。 得意や不得意な分野、計算が早いとか遅いとか、センスが良い・悪いなど、 いろいろあるでしょうが、一番大事なことは、やりたいことをひたむきにやることだと思います。
 高校生のときには、自分の目指した、やりたいことを必死でやることを勧めます。 その時に「何のために、そういうことをやるのか」ということをよく考えて、 「ひたむきに一生懸命に頑張れ」というのが、私の結論であります。

 3つ目は、『勉強ができるようになって大学に入れるコツを教えます』ということです。
皆さんは、このことにものすごく期待していませんか。 「期待している」と思う人は、手をあげてください。少ないですね。 「期待していない」と思う人は、手をあげてください。期待していない人もいますね。 期待していない人で、手をあげた人は勇気がいったと思うので、ものすごく尊敬します。 実は、そんなコツなどありませんが、若干それに近いことを話したいと思います。
 私が中学生や高校生のころを振り返って、よかったことやよくなかったことを話します。 私は中学生のときに、大学に入って何かをしたいというのではなくて、 「そこに山があるから登るのだ」、「よいところに入ってやれ」という軽い気持ちでいました。 私は和歌山大学の附属中学校へ行ったのですけれども、 はじめは「灘高校へ行って、東京大学に行こう」という意地が若干ありました。 「東大に行きたいと思ったら、灘高校へ行った方が得かなぁ」と思って、とにかく勉強をしていました。
 中学校3年生のときに、ふと考えました。灘高校の生徒は当時、丸刈りでした。 皆さん、那賀高校は、男子生徒が多いが女子生徒もいらっしゃるし、家からも通えるし、 なんとなくいろいろな意味で楽しい学校生活を送れそうな気がしています。 私の場合は、桐蔭高校が家の近くにあったので、この桐蔭高校へ行ったほうがいいかなと思いました。 それから大学へも入らなければならないのだけれども、灘高校は当時200人ぐらいの卒業生で、 東大には70人ぐらいが入っていました。 桐蔭高校からは5人ぐらいが入っていたと思います。そこで私は、何も丸刈りになって下宿して、 女の子のいない、あんなところへ行って70人に入るよりは、桐蔭高校で5人ぐらいに入っておけば、 東大に何とか入るのだから、それでいいやと考えました。
 120人の小さい中学校から1学年600人という大きい桐蔭高校に入って、周りもわからないし、 わんぱくも結構いっぱいいるし、ちょっとしくじったかなぁとなんとなく思いました。 それから、周りを見ると、できる子はたくさんいて、5人以内に入ることがものすごく難しいのです。 皆さんもそう思っておられると思いますが、別にその子たちと競争する必要はないのですけれども、 できる子はたくさんいて、このなかで「5人しか東大に入らないのか」と考えたら、 「これは大変や」と思いました。つまり、「戦略の失敗」ですね。 しかし、「まぁいいや」と思って、また頑張りました。
 まず失敗談から言いましたが、大事なことは、自分で何をしたいかを考えることです。 それから第2に、自分を知ること。3番目に、相手、すなわち自分の目標とする対象を知ること。 4番目に、方法を考えること。 5番目に、必死で実行することであると思います。 先ほどの私の例で言うと、まず「東大に行きたい」と思った。 それで、自分を知ること、「これぐらいでいけるかな」、 「まぁ普通にやっていれば入れるかなぁ」と思った。 これは間違いですね。 桐蔭高校で5人ぐらいに入るのは、「簡単だろうな」と思い、 東大の試験も「このぐらいかな」と思いましたが、 相手を知るということについては間違いでしたね。もっと難しかったのです。 「仲間はもっと賢い、この賢い人たちの中から、ちょっとしか入らない」。 それくらい難しいということがわかりました。 「そうすればどうしたらいいのか?」と、次に方法を考えるわけです。
 私はいろいろ考える質で、ちょっと怠け者なのですね。 普段から365日、勉強するという人もいるし、 毎日ラジオを聞いて英語の勉強なんかをしているという人もいるわけですが、 私はそういうことがなかなかできないのです。 そうすると、どういうふうにして勉強したらいいかということを考えるわけです。
 私の勉強の方法について話します。中学生のときに、数学の種田先生という、 たいへん人格的にも尊敬できる立派な先生がいて、教えてくれて可愛がってくれました。 その先生は台湾生まれなので、和歌山弁らしくない発音で、「仁坂君、こういうことを教えてあげる。 それで一遍やってみな、合うかどうかねぇ」と言って、勉強方法を教えてくれました。 中学校1年の中間テストのときにそれを一度やってみました。 それがピタッと合ったからよかったなと思っています。 これは成功のほうですね、今でもその先生に感謝しています。 ものすごくピタッとはまって、それをずっと実行していたので中学生のときは ものすごく成績がよかったのです。
 その先生のアドバイスは、「授業は、しっかり聞く。 無駄話もしないし、居眠りもしない。 先生の話は聞くように」と。 そして、「年間5回の定期テスト前の2週間、一生懸命集中して勉強する。 2週間で各科目を3回繰り返す」ということです。残りの1ヶ月とか2ヶ月は、宿題以外は勉強しませんでした。
 たとえば、中学校の期末テストだと10科目ぐらいありますね。 まず、テストの範囲がわかります。 2週間を3回に分けるわけです。 そうすると4、5日ずつになりますね。始めの4、5日で1回全部やります。 4、5日で10科目ですから、1日に2科目か3科目やればよいのです。 各科目の1回目は教科書とかノートとかを一生懸命理解しようとして、 「うん、そういうことや」、「分かった、分かった」とか言って習ったところは全部勉強します。 2回目は、「分かっているかなぁ、これ」、「これはこういうことやったなぁ」、 「うんうん」と言って、式を紙に書いてみたり、そんなことをして自分で自分に教えるのです。 それができたら、覚えているのですね。 覚えていなかったら「これはいかん」といって、また、もとの教科書やノートを見たりして、 それで「もう1回今度はちゃんと覚えろよ」、「お前バカだなぁ」と言いながら覚えるわけです。 3回目になると、試験直前ですけれども、もう1回「本当に覚えているかなぁ」と確認します。 書いたり喋ったりして自分で自分に教えるのです。
 平素の授業は一生懸命聞いていたけれども、かなり忘れています。 1回目は忘れているところなどをやり直して、全体に目を通します。 2回目は、全体をもう1度やって、忘れていた部分を少なくします。 3回目で、殆ど全部覚えることができます。 そうして試験を受けると、中学校ではだいたいできたわけです。
 高校生になってからも、基本的にはこういうことをしようと思いました。 ただ、どうもそれだけだと危ないかもしれない。それだけでは足りないのですね。 そうすると、東大に入るためには、こういう傾向の、 このぐらいの実力をつけておかなければいけないと考え、 それに加えて英語・数学・国語ぐらいは自分で足していました。 このように自分で結構考えました。
 自分を結構知っていたのですが、あまり才能がないと思っている数学で、 成績が上がったり下がったりするのです。実力テストで100点取ったり30点になったりするのです。 これは危ない。 大学入試で30点なら落ちるぞと、防ぎようがないかもしれませんが、考えました。
 どうしたかというと、当時、東大などの国立大学の受験科目は英・数・国に加えて 文科系は社会2科目、理科1科目でした。 「社会、理科は直前に詰め込んで覚えろ」と多くの先生は言うのですね。 ところが、私は「下支えみたいにしてやろう」と思って、高校三年生に入る春休みに、 趣味みたいに好きな世界史と日本史と生物を必死に徹底的に勉強して覚えてしまったのです。 そうすると、実力試験で英・数・国が上ったり下ったりしても、下がり止まりということが起こります。 そうすると、「まぁ大丈夫かなぁ」と思い、これは失敗しなかった方法です。
 こういう方法を自分で考えて、あとは必死で実行する。これは自分のやり方です。 私は365日勉強するのは大嫌いなので、「まぁこのぐらいやっていれば大丈夫かな」 と自分で考えて、それを必死でやって、他は楽にしていました。
 言いたいことは、まず目標を決め、自分の能力とか周りの状況とかを知って、 目標とするものはどのぐらい手ごわいか、そのためには何をしたらいいかを考え、 必死に頑張ることです。 成功するときもあるし失敗するときもあります。 失敗したら、また「どうして失敗したのかなぁ」と考えて、方法をちょっと変えるなどして、 またやればいいのです。
 私は、2週間で3回と言いましたけれども、皆さんが自分の能力とか癖とかを考えて 自分なりの方法でやることが大切です。 したがって、私がしたように実行したら必ず勉強ができるようになって、 大学に入れると思ったら大間違いです。
 先ほど私が尋ねたときにその辺で手があがったように、 「そんなものは教えてほしくない」と言ってもいいわけです。 結論は、自分で考えて、やってみようということです。
 何がよかったのかと考えると、桐蔭高校というマンモス高校がよかったと私は思っています。 私の時代の桐蔭高校は、いろいろな生徒がいたし、いろいろな先生がいました。 先生は勉強熱心だったので、「勉強せぇせぇ」と我々に言ってくれました。 ただ、「どうやって勉強したらいいか」とか、「こうしたらお前は大丈夫だぞ」とか、 そこまで手取り足取り言ってはくれませんでした。 それから、「ちょっと変やなぁ」「これはちょっと従えないなぁ」と 心の中で思うようなことも好意から言ってくれるわけですが、一応聞きました。
 たとえば、今でもものすごく尊敬している、これも数学のある先生がいらっしゃって、 ものすごく立派なことを言ってくれたわけです。 「お前ら田舎の子は、大成したいと思ったら理科系に行け。 文科系は、田舎の子は無理や」と言われたのです。 それに影響されて、けっこう理科系に行った子がいるのではないかと思います。 割と勉強熱心な子は理科系へ行きました。それで文科系は楽しいクラスになったのです。 だけど、理科系に行った子は難しい数Ⅲを能力を超えて詰め込まれて、 それで、大学の理科系を受けないで文科系を受けたというような子もいました。 その子の人生は無駄ではなかったと思うけれども、受験という点ではどうかなぁと思います。 だから、「そんなこと言われても、やっぱり僕は文科系に行きたい」と言って、 しぶとく文科系へ行ったのが、隣のクラスの竹中平蔵君(元参議院議員。経済財政政策担当大臣等を歴任)と 私だったと思います。 このように私は「自分で考えて自分で選択する」という訓練を受けたと思います。
 中学校は小さい学校で、勉強の方法もちゃんと教えてくれて、それでぬくぬくと育ったのですが、 高校になると、荒波になります。 「荒波の中で自分で考えていかないと、生きていけないなぁ」というようなことも、 子どもながらに思うところがあって、その2つを経験して、まぁよかったなぁと思っています。 皆さんもきっと、那賀高校は立派な校長先生、先生方がおられていろいろ指導してもらいます。 その指導で、大学へ入ります。 大学に行ったら、先生の指導はガクッと減ります。 勝手にしなさいという世界になるわけです。 だけど大学のときは、大学生であることを保障してくれるけれども、大学を卒業して社会に出たら、 勝手にしなさい、勝手に生きていきなさいとなるわけです。 そうすると、どうやって生きていこうかと考える力を今からつけておくということが 大事ではないかと思います。
 それから、勉強ができて大学に入れるもう1つのコツは、「よく聞く」ということです。 皆さんは、頭のいい人もたくさんいらっしゃると思いますが、 それでも生まれながらに全部頭の中にすべてが入っているわけではありません。 すべてが入っているのは生物学的にいうと、本能だけですよね。人間は学習して、 後天的に入ることのほうが圧倒的に多いわけです。
 ですから、「耳を澄ましてよく聞こう」、「先生の言うことはちゃんと聞こう」、 「講演会ではちゃんと聞こう」。 ちょっと退屈しても「まぁ聞いてやろうか」と。 これは、いろいろなことを吸収するためには必要なプロセスであるとともに、 相手を重んじる、尊敬する、敬うことになります。 一生懸命に話をしてくれているのに、聞いてあげないというのは 「失礼やないか」、「人間としてそれでいいのかなぁ?」いうような感じがしませんか。 私はどんな退屈な話でも、一応最後まで聞いて、 その上で必要に応じて言い返すとかするようにしています。 他の人の話を聞くと、自分が知らないことを言ってくれます。 「この人も絶対に何か情報を持っていて、何かを伝えてくれている。 それで、こちらも賢くなる」と思っています。 それが、勉強ができて大学に入ることができるコツです。

 4つ目は、『社会に出て何が大事か』です。
 これも本当は皆さんに尋ねたかったのですけれども、時間の関係でこちらから申しあげます。 まず、「自分で考える」ということが社会人になって一番大事です。 先ほどの志賀さんの話なんかから、皆さんにはお分かりいただけると思います。 「会社にとって何が大事か」というようなことを、 人に言われるまでヘイヘイとぼんやり過ごしているのではなくて、 いつも自分で一生懸命考えることです。 そして進言することです。そういうことが、 社会に入ってから諸君に一番期待されることではないかと思います。
 ただ、そのときに、俺は賢いのだと言って、他人の言うことを聞かないで自分のことばっかり言っていると、社会ではほとんど受け入れられません。 それから、賢いと思っていても、実はあまり賢くないことが多いので、まず聞いて吸収して、 それから「やっぱりこういうことではないかなぁ」というようなことを考えることが 大事ではないかと思います。
 2つ目に、ハートナイス、熱い心です。いい奴やと思われることがものすごく大事だと思います。 感じ悪い奴やなぁとか、もう側にいるのも嫌やと思われると、社会に出てから、 なかなかいい仕事ができないのではないかと思います。 1人で孤立して仕事をするわけではないし、みんなと一緒に仕事をするんだったら、 やっぱりハートナイスでないといけません。 ハートナイスであるためには、皆さん、今がその訓練の期間でもあるわけです。 だから友達とも仲良くして、友達の話も聞いて、一緒になって悩むとか、 そういうことも大事だと思います。
 3番目は、ひたむきに一生懸命やることです。 サボられたり、あるいはなんかデレデレとされたら、この人は頼りにならないと思われますよね。 社会人になって何が大事かというのは、この3点だと私は思っています。
 私は通産省(現経産省)で採用の担当をしていました。 国家公務員の受験には、Ⅰ種、Ⅱ種、Ⅲ種という区分があります。 今日はⅠ種の話をします。Ⅰ種は、東大の法学部の学生とか多く受験に来るわけです。 学力試験に合格した人の中から面接をして採るわけです。 通産省にとって職員採用は年に1回の大きな事業です。 通産省でよい採用ができなくて、よい職員が働いていなかったら、 国家のためによい仕事は絶対できないのです。 だから、よい人を採りたいのです。 先ほど話した「ちゃんと考える能力があるか、 ハートナイスか、ひたむきにやるか」、そういうことをみているわけです。
 受験面接に、大学もいい成績で通っているものすごく賢い学生が来ました。 だけど、自分の人生とか就職とか困難とか、 そういうことをそれまでにあまり考えたことはなかったんではないかと思いました。 有名中高一貫校によい成績で入って、6年間そこで過ごして、東大なんかも苦労しなくて入って、 通産省は一番人気があったので、なんとなくブランド目当てで受けに来ているのですね。 それで、面接で、ありきたりのことしか言えないのです。
 しかし、ここに来て初めて、自分の人生を考えたという感じがあるわけです。 その学生はなぜ考えたか。こちらは簡単には採ってあげないからです。
 こちらは、10歳も年上の採用担当者ですから、受験生の返答に対して、 「ほんまか?」「本当にそうか?」「では、これはどうかね?」などと、いろいろ尋ねるわけです。 そうすると答えに詰まります。それで、「どうやって立ち直ってくるか」ということを こちらはみているのだけれども、今まで、学校の先生から間違いのないことばかり教えてもらって 育ってきたから、「ほんまにそうか?」ということを自分で必死に考えたことがないのですね。
 そういう状態で来ているから、バタンと倒れるわけです。 バタンと倒れたら魅力がないように見える。 そうすると、魅力のある人がたくさん来ているから、他の学生を採ろうかなとこちらも思うわけです。 就職戦線の末期になると、その学生も「これは大変だ」となります。 第一志望の通産省にひょっとしたら入れないかもしれない、どうも駄目みたい。 そこで、その人の成果が出てきました。その入れないときに、なんかグツグツ言うんじゃなくて、 ものすごく潔くて、見直した人がいました。そういうのが記憶にあります。 具体的に何を言ったかというのは申しあげませんが、「なんと立派な奴やなぁ」と思いました。 そのときは採用候補者がたくさんいて、これ以上増やせないような感じだったので、 その人はやっぱり潔く、通産省における就職戦線を去って行きました。 だけど、いつまでも記憶の中に残る立派な学生でした。その人は今、財務省の主計官をしています。
 どこかで自分の人生がピンチになったときに、どうしたらいいのかをよく考えることで、 ようやく人間は成長するのではないかと思います。 ところてん式に、「あぁせえ、こうせえ」と言われるがままに、ずっとやっていたら、 きっと成長しないでしょう。 諸君はそんなふうに楽に生きていけるとは私は思いませんけれども、 今苦労している人もたくさんいると思うし、それは自分の人生の中で必ず活きるんだと思って、 そのピンチをどうやって切り抜けるかとか、どう考えたらよいのかと考えることが、 人間の真価の問われるところではないかと思います。

 5つ目は、『人生で大事なもの、人生の目的は何か?』についてです。
たとえば、お金、地位、家族愛、人類愛など、人生でたくさん大事なものがあると思います。 私は、お金も、地位も、家族愛も、人類愛も、みんな大事であると思います。  今まで聞いた話の中で一番感動したことを紹介します。高校生を対象にして、 いろいろな分野で活躍している人の話を聞く『きらめき夢トーク』という講演会を開催しています。 諸君のところにも案内があったと思います。和歌山市で行った講演会でのことです。 本田悦朗さんという大蔵省(現財務省)に入った人で、 今ロンドンの国際機関で働いている財務省きっての国際派のこの方に、国際問題とか、 国際的に活躍するというのはどういうことかを子どもたちに話してほしいと頼んで、 講演をしてもらいました。 非常に有意義な話をされて、それを聞いた生徒諸君も感激していました。
 そのときの内容で、一番立派だと思ったのは、「自分を超えたもののために尽くすということは、 ものすごくよいことであるし、自分の人生に満足するし、それから自分に誇りをもつことができる」 と言われたことです。 彼の場合は、もちろん家族愛とかはあると思うんだけれども、 自分を超えたものとは、外交の世界、あるいは国際的な環境の中でいえば、日本という国ですね。 「日本のために尽くすことを一生懸命してきたのは、自分の人生にとって大変意義のあることだと思う」 ということです。 「国家のために尽くせ」と言うと、なんか概念がカチカチになる。 「家族のために尽くせ」と言ったら、「家族よりも大事なことがあるぞ」と言うかもしれない。 だから、一般的な言葉といえば、「自分を超えたもののために尽くす」というのが、 やっぱりいいなぁと思って感動しています。
 本田さんは、ものすごく苦労しています。それは華やかな職業ではあるけれども、 嫌なこともいっぱいしています。 その中で、自分を超えた国家のために尽くしてきた人の言葉であるがゆえに 深さや重みがあったように思います。
 「お前は、どうやねん」と言われると、あんまり偉そうに言えないんだけども、 「恥ずかしくない誇りを感じる人生にしたいなぁ」、自分が、「生きてきてなかなかよかったなぁ」 と思えるような人生を送りたいと思っています。 「まあまあいい人生だったなぁ」ということもよいことだし、 「人のために尽くすとか、自分を超えたもののために尽くす」ということもよいことです。
 皆さん、そういうよいことを、バカにしないほうがいいと思います。 よいことを追求するのは道徳であると思います。 「何が大事か、何がいいか」、チャンバラ映画を見ていても、正しいほうがいいわけです。 これは人間の自然な心だと思うんですね。 したがって、その道徳とか、あるいは美風とか、お行儀とか、 そういうものについてバカにするような風潮が世の中にちょっとでもあると、 私は「嫌だなぁ」と思います。
 私の子どもの頃、皆さんの頃、道徳というと、それは「帝国主義的だ」とか、そういう風潮がありました。 なぜならば、お行儀とか道徳とか、そういうことが行き過ぎて軍国主義につながったとか、 そういう反省がたくさんあったからです。 だけど反省のあまり、「道徳はどうでもいい」と言ったらいけないと思います。 したがって、中身のやりすぎというのは考えなければいけないと思うんだけれど、 道徳とか美風とか、あるいはお行儀とか、そういうことについてバカにする人がいたら、 「それはいけない」というふうに私は思っております。

 6つ目は、『作用、反作用、副作用』ということです。
理科でこんな概念を習うでしょう。こっちへポッと押すと、空気の抵抗とかなんかで、 こっちへこう返ってくるとかというのがあるし、 それから、何か化学反応があると副産物が出てくるとかね。 それが有害であったりするというようなことが結構ありますね。 社会というのは、こういうことの連続で成り立っていると思います。 「いろいろ正しいことをみんな追求していこう、それから真理を追究していこう」 というのは大事だけども、「真理とか正しいこと、それに対する作用とか反作用、副作用の世界がある」 ということについて、謙虚でなければいけないと思います。
 一例をあげます。 今、新聞やテレビなんかで、「非正規雇用、すなわちパートの人や派遣の人を どんどん解雇するのはけしからん。 ぜひ、正規雇用、正社員にしろ」と、こういう議論があるわけです。 私も「そのとおりだ」、「できればそうしたほうがいい」と思っています。
 しかし、たとえば非正規雇用、今のパートとか派遣とかを許さないというシステムを作ってしまったら、 今度は経営者の方が「人を雇って仕事をすることは止めた」と考える可能性が強いと思います。 そうすると、結局雇ってもらえないことになります。 非正規雇用を禁止して経営をするように求めたら、雇用されなくなってしまったとなれば困ります。
 それから、そのようなシステムの実施に厳しい地域と厳しくない地域があれば、 「厳しいところでは仕事ができないよ」と言って、企業が逃げてしまうことになるかもしれません。 厳しいところはせっかく良いことをやったとしても、派遣で泣いていた人は、 今度は失業者となって泣いてしまうということにもなるわけです。 そういうふうに考えたときに、その泣いている人をどうやって救うかということを 考えることが大切なのです。
 したがって、そういうことを見据えた上で、あまりひどい労働の契約をしないようにすることが1つです。 もう1つは労働雇用の需要をもっと増やせばいいのです。 多くの人を雇う人たちが多く出てきたら、非正規雇用を続けられなくなるのです。 なぜならば、隣の会社が、「正規雇用で雇うからうちへ来いよ」と誘うと、 その人はその会社へ移りますよね。 その人が今の会社でほんとうに役に立っているのなら、経営者のほうは、 「今度は正規雇用に切り替えるから、うちで働いてくれ」ときっと言いますよね。
 だから、どうしたら社会全体がうまくいくかを考慮して、 視野を広く対策を講じるようにしなければならないと思います。
 私の仕事みたいなことを言いましたけれども、皆さんのもっと身近な例で言うと、 たとえば、「友達付き合い」がありますよね。たとえば「自分はこう思う」と、 お友達に対して思っていた。 それを言ってあげたらもっといいと思うんだけれど、そのお友達のほうの立場から見ると、 自分の見方しかしていないかもしれない。 「こういうこともあるぞ」ということは遠慮しないで気付かせてあげると、 そのお友達は「自分だけが偉い、他の奴はみんなバツ」と思ってしまうことにならないかと思います。

 7つ目は、『失敗』と『いつかは終わる』、『日々の感激』ということです。
私は大学受験という点では、成功したと思われているのではないかと思います。 しかし、それでもいっぱい失敗をしているということを申しあげました。 見込み違いや「アララッ」というのがいっぱいあるわけです。いっぱい失敗する。 だけど、失敗をしたら、「なんとかしなければ」と考えて、またやればいいのです。 だから失敗いっぱいというのが人生ではないかと思っています。
 今日、時間がないので言いませんけれども、私は今に辿り着くまで、 見込み違いとか失敗とか、「アリャリャ」とか、そんなことの繰り返しであります。 したがって、「1回も失敗してはいけないのだ」といって、皆さんドキドキすることはありません。 失敗しても、「ああそうか」と思って、またやればいいのではないかというのが、 諸君に対するアドバイスです。
 皆さん、「禍福はあざなえる縄のごとし」という言葉があります。
「幸せも不幸も、縄をよってあるように、失敗だと思ったら、 それが次の成功になるし、不幸だと思ったら、それが次の幸せになる」というような意味です。 たぶん世の中って、そういうふうにできていると思うので、失敗を恐れず、 ガアッと頑張ればいいじゃないかと思います。  次に、「いつかは終わる」。
皆さん、苦しいことはたくさんあるでしょう。 先生になるために大学に行くには勉強をしっかり頑張らなくてはならない。 ソフトテニスで日本一になるには、キツイ練習が待っている。 だけど、「この受験勉強などのために、デートもできないようなことが無限に続く」とか 「この練習が無限に続く」とか思ったら嫌ですよね。 だけど、必ずいつかは終わります。皆さん、「嫌やなぁ」とか、 「もうかなわんわ」と思ったら、「いつか終る」と思えばいいのです。
 「いつか」というのは、はっきり分かっている場合、たとえば、受験で落ちたりしたら、 「禍福はあざなえる縄のごとし」と思えばいいわけです。
 「いつか」は分からない場合でも、「いつか終わる」と思えばいいのです。 私は経済産業省のときに、何度か「ウワァかなわんなぁ」、 「これはもう、いつまで続くぬかるみぞ」というようなときが何度もありました。 そのときに立派な先輩が、「まあまあ我慢してやろうではないか」、 「いつかは終わるんだ」というようなことを、ちょっと迫力をもって言われて、 「おっ、これはいい言葉や」と思いました。 たとえば国会なんかで、非常に難しい案件を提案して、野党の議員も反対する、 与党の議員もなかなか賛成してくれない、そういうときに必死になっていろいろなことを詰めて、 「なんとかしよう」と思って毎日努力する。 もちろん徹夜もあるし、深夜に家へ帰って、朝すぐ出勤するときもあり、 そんな日がずっと続きます。 だけど、絶対終わるんですよ。 「いつかは終わる」と思っていれば、我慢できるということではないかと思います。
 3つ目に、「日々の感激」というのがあります。
先ほど、高校生活の大きな目標について話しました。 大きな目標の他に小さな感激はいっぱいあると思います。 「今日食べた卵焼きが非常に美味しかったなぁ」、「あそこのメロンパンは、うまかったぞ」とか、 「今日は誰々ちゃんがちょっと笑顔を見せてくれたなぁ」とか、 そういう日々の感激を評価して生きていくということもまた、 人生にとって大事なことではないかと思います。

 最後に、『和歌山はすごい』ということを申しあげます。
今は、教育委員会も副読本を作ったりして、「和歌山のことをみんなに教えよう」としてくれています。 しかし、私が子どもの頃には、和歌山のことをあまり教えてくれなかったと思っています。
 皆さん、和歌山はすごいですよ。たとえば、国宝の数は全国6位とかね。
いろんな発明家がたくさんおられますしね。 それから、自然の景色もよいし、いろいろなよいことがいっぱいあるんですね。 だけど、我々の県民性として、何か卑下して言ったら気がスッとするということが結構あるんです。 私にもあります。そればっかりで生きていくと損をするから、 和歌山はすごいということをよく勉強してもらいたいと思います。
 その一例として、「今月の知事メッセージ」の『陸奥宗光と紀州の遺伝子』を この資料の中に入れておきました。 それは「明治維新のモデルは意外と和歌山から発信している」ということです。 明治維新というと、篤姫さんが有名ですから、「薩摩、薩摩」と言われるかもしれませんが、 「ちょっと待て。我々の先祖の紀州藩も結構頑張っているぞ」と。 このように過去の歴史のなかでも和歌山県人はがんばっていることを我々は理解して、 わが郷土にもっと誇りをもとうではありませんか。
 以上で、私の話を終わります。ありがとうございました。

司会

 ご講演ありがとうございました。質疑応答に移ります。 質問のある生徒は手をあげてください。

生徒E

 僕は10月に和歌山県の代表としてオーストラリアへ行ってきました。 その後、『きらめき夢トーク』で湯元選手の話を聞き、「自分も世界で戦ってみたい」と思いました。 そして、7年後の和歌山国体で自分も選手として参加し、「和歌山県に貢献できるように頑張ってみたい」 と思い、毎日、柔道部の仲間たちとともに汗を流しています。 知事さんは『きらめき夢トーク』のような県主催の行事をたくさん行っていると思いますが、 その中で一番印象に残っているものを教えてください。

知事

 彼はものすごくよい質問をしました。それは、まず自分のことを言ってくれたことです。 それによって、私は自分の答えを頭の中で絞って考えていくことができました。 『きらめき夢トーク』をいろいろやったなかで、「何が一番よかったですか?」と尋ねられましたが、 私が一番感銘を受けたのは、「本田悦朗さんの『自分を超えたもののために尽くす』 という国際問題でした」と話しましたので理解してくださいね。

生徒F

 知事さんの仕事のような話になるかもしれないのですが、 先ほどパートとか派遣の話をされていました。 それで、労働の需要を増やすこととかを言われていましたけれど、 具体的に和歌山県としては、どういうことを考えていらっしゃいますか?

知事

 ありがとうございました。 今の質問は、別にこちらで評価するのではないけれど、200点ですね。 ありがとうございます。
 それではお答えいたします。2つあります。
1つは、和歌山の農林水産業や企業を元気づけて伸ばすことです。 雇用を増やすというのは、無理にできませんが、 たとえば今、和歌山にある企業が雇用を1割増やして頑張って、元気になってくれたら、 たくさん売れて儲かって、あっという間に和歌山の失業なんてなくなります。 先ほどの非正規雇用に依存できなくなる。正規雇用で雇わないと逃げられてしまいます。
 それからもう1つは、新しい血を呼んでくることです。 「雇用を1割増やせ」といっても、そんなに簡単ではありません。 今どちらかというと景気も悪いし、企業も少し弱っていてね。 下り坂も上り坂もあるわけですが、上り坂の究極は、よそからも投じてもらって、 企業を増やすことです。 そのために私も県庁の人も一生懸命努力しています。
 私が就任してから、和歌山に投資する企業が約50社増えました。 その50社で雇う人は直接的には3,000人弱なんですが、投資額は2年間で3,000億円です。 1年間で1,500億円です。 和歌山県の総所得の3兆円の1,500億円は5%にあたります。 それだけで所得が5%上がっているんですよ。
 上がる企業もありますが、下がる企業も頑張ってもらって、全体として伸ばす。 製造業とかサービス業だけではなくて、農林水産業なんかもみんなそうです。
 たとえば和歌山では、ものすごく美味しい桃、柿、ミカンとかを栽培しています。 和歌山の桃は、生産量は全国で4位です。知名度では負けている岡山に勝とうと一歩外へ出て 「美味しい桃をどうぞ」などと言って、PRして販売しようと今まではあまりしてこなかったのですね。 そういうところを一生懸命にして、戦略をめぐらせて、積極的にセールスをしていくことが大事なのです。
 和歌山には元々よいものがたくさんあるのだから、こういうこともやっていけば、 産業が盛んになり、人を雇いたいと思うようになって、今の労働問題もある程度は解決すると思います。

生徒G

 知事さんが高校生の頃の夢は何でしたか?

知事

 私は、先ほどの2人みたいには、夢をもって自分の人生を設計したわけではありませんでした。 そんなに大した夢ももっていませんでした。はっきり言うと、 あんまり夢のない子どもだったかもしれません。
 だけど、高校3年生ぐらいになって、「大学へ行って、どうしなければならないのか?」と、 いろいろなことを考えたわけですね。 自分の職業としての夢は「経済学の学者になる」ことでした。 それで、「なぜその夢を辞めたのか?」というのは、話せば長くなるのでやめますが、 そういうことを考えていました。 それから、先ほど言ったみたいに「友達はみんな愉快だし、必要な勉強をしなければいけないけれども、 皆と楽しく過ごして、それで趣味もやって、それで喜びたいなぁ」。 それくらいなので、諸君に誇れるような大した夢があったわけではありません。
 したがって、皆さんも、何かあったらいいけれども、 今特になくても卑下することはないと思います。

生徒H

 僕は科学部なんですけれど、今年の夏に、科学部の活動として『きらめき夢トーク』 に参加させていただき、貴重な体験をさせていただきました。 この『きらめき夢トーク』は知事さんが考案されたものだと聞きましたが、 考案されたきっかけは何ですか?

知事

 ありがとうございました。 今の質問も、本当にいい質問ですね。 『きらめき夢トーク』に参加して、「それはいい」と自分は思った。 「知事が考えたそうですが、きっかけは何ですか?」と。 ものすごく答えやすい質問なんですね。 本当にいい質問をしてくれてありがとうございました。
 それで、諸君、岩出市にある那賀高校は、高校生としての教育環境を考えると、 先生は立派で、ちゃんと教えてくれるし、皆さんは学力もあるし、 それから、この周りは自然もあるし町もあるし、 全国的にみても抜群にいい最高の教育環境であると思います。
 しかし、和歌山の子どもたちが体験できないことを1つあげれば、 いろいろなことを考えたり学んだりする「刺激を直に感じられない」ことであると思うのです。 和歌山にいても、皆さんは本や雑誌を読んだり、テレビ報道などから、 世界の人々や世界の状況について知ることができます。
 しかし、和歌山にいると、そのような人の話を直接聞いたりする機会がなかなかないですよ。 聞く相手が県知事ぐらいなら、和歌山県にいるんだから、できるけれども。 だけど、たとえば私の学友で東京にいる竹中平蔵君は、よくテレビに出ているけれども、 「竹中平蔵の話を直に聞いてみたい」と思っても、なかなかできないと思います。 それなら、皆さんがそんなことを直に味わえる機会があれば、 「いろいろなことをさらに考える刺激になる」と私は思いました。 東京にいると、科学館などの教育施設もいっぱいあります。 音楽とかスポーツだって、ものすごい世界レベルの催しや大会がいっぱいあります。 東京の子はそこへ行こうと思えば行けます。
 しかし、和歌山の子が行こうと思っても、東京までなかなか行けません。 それなら、その刺激のもとである有名な人に和歌山へ来てもらって話をしてもらえば、 高校生の皆さんがいろいろと考える機会に恵まれると思ったわけです。 これで答えは終わりです。
 いくつか宣伝をします。 皆さん、パソコンを使えますね。 勉強なんかに飽きたときに見たらお奨めのホームページを紹介しておきます。 1つは、県教育委員会のホームページに、『きらめき夢トーク』というのがあります。 スポーツ選手、科学者、経済人など、いろいろな人が出てきます。
 それから、『知事室へようこそ』という県庁のホームページがあります。 私が県民の皆さんに知ってほしいことを、『知事からのメッセージ』として月に1度発信しています。
 もっと推奨したいのは、『名人対談』です。 和歌山県で経済界など多くの分野ですごく活躍していて、私が「立派やなぁ」と思う人がたくさんいます。 そういう人と私は対談しています。 主としてゲストの人が話しています。 その中で、興味のある人がいたら、それを見ていただきたいと思います。

司会

 最後の質問にさせていただきます。

生徒I

 知事さんの、高校の最高の思い出は何ですか?

知事

 最高の思い出はいっぱいありますので、その中の1つを話します。
運動部で頑張ったわけではありませんが、スポーツをするのは結構好きだったんです。
 朝8時半から学校が始まりますけれども、みんな7時半ぐらいに来て、 クラスマッチでサッカーのリーグ戦やトーナメント戦をしました。 私は文科系のクラスに入っていて、男子は22人、女子は28人という大変楽しいクラスでした。 男子も少ないし、あんまり強くなかったのです。
 リーグ戦では、全敗でした。9対0で負けたときがありました。 そのときに、たまたま美人の女の子が応援に来てくれました。 私はキーパーをしていましたので、味方に自殺点を入れられた直後に、 後ろからやってきて、「仁坂君、どう頑張ってる?」とか言ってきましてね。 私は人間ができていないものですから、「バカやろう、帰れ」とか何とか、 その女の子に言ってしまいました。 これでモテなくなりました。
 リーグ戦の他にトーナメント戦もありました。私たちは最も弱いチームなんです。 したがって仁坂が一計を案じました。 「我々は弱いから、フォワード1人を残して全員で守ろう」と提案しました。 全員でマンツーマンで守ったら絶対に振り切ることができる。 我々は下手であるから、ゾーンでビシッとゴール前を固めて、シュートだけはさせない。 これで前後半30分ずつ必死に耐える。 そうするとPK戦になるから、運に左右されて勝機がある。そんな作戦を立てたのです。
 そして1回戦で、最強チームと当たりました。 雨あられとシュートを打たれました。味方のシュートは0であります。 皆で必死で耐えきってPK戦になりました。 PK戦になっても、やっぱり向こうはうまいのです。 止めると胸が割れるようなシュートがきました。 だけど幸いなことに、1本は入ったけれども、残る3本のうち、 1本はバァンと来て、バシッと止めました。 あとの2本は、外へ飛んでいって入りませんでした。 味方のシュートは、みんなヘロヘロでありますが、2本決まりました。 それで、最後に私が守る段になりました。 敵がバァンと蹴りました。右へ蹴る足を見て、私はパァッとその方向へ飛びました。 バシッと受けたのではなくて、私が飛んで倒れたところに 敵の蹴りそこないのボールがコロコロと転がってきて、ポンと頭で軽く受けました。 うまくセービングをしたのです。
 我々が勝ちました。最弱チームが最強チームをやっつけました。 「勝った、勝った、仁坂キーパーようやった」と言って、 クラスメートから胴上げをしてもらいました。 考えて作戦を立てて、皆で努力する大切さを学びました。 これが高校生活の思い出の1つであります。この他にもたくさんあります。 どうもありがとうございました。

司会

 ありがとうございました。生徒会より謝辞、花束を贈呈いたします。
「生徒起立」。

生徒代表

 本日は公務がお忙しい中、講演に来てくださり、ありがとうございました。
私たち高校生にとって、県知事の講演を聞く機会は考えられないことなので大変嬉しく思います。 質問の中で、知事の高校時代の夢は経済学の学者だとお聞きしましたが、 私の夢は英語の教師になることです。 子どもも好きですし、英語や国際交流にも興味があるからです。 那賀高校へ入った理由もアメリカ、オーストラリア、 中国に姉妹校があり交換留学もしている特色がある学校だからです。 私もこの夏休みに短期留学に参加しました。 留学先の学校では、私が思っている以上に、日本に興味を持っている生徒がたくさんいて、 私は感激しました。 県内の学校では留学生を受け入れているところは少ないので、 国際交流が盛んなことは那賀高校の特徴です。
 最近よく報道されているように、世界でいろいろな問題が起きています。 石油高騰や株価の下落、特に地球温暖化には私たち若者も関心を持つべき問題だと思います。
 今日のこの機会を大切にして、これからの時代を担っていくという自覚をもち、 学業や部活動に励みたいと思います。 本日は、那賀高校へお越しくださり、本当にありがとうございました。
知事
 皆さん本当にありがとうございました。 この上もないくらい立派なお礼の言葉をお聞きして、本当に感激しています。 それから、花束もありがとうございました。 みんなよく聞いてくれて、ありがとうございました。それでは失礼します。

司会

 生徒、起立、礼、着席。
 仁坂知事が退場されますので、拍手でお送りください。

 【文責:那賀高等学校】

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