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寄稿・提言・訓辞・挨拶集

新聞・雑誌等への投稿や、各種行事での講演・挨拶、政府への政策提言等を通じて、知事の考え方や政策を紹介します。

高野町町制施行80周年並びに富貴村合併50周年記念式典

平成20年11月30日 高野山会館/高野町

 高野町町制施行80周年並びに富貴村合併50周年、誠におめでとうございます。
 私は和歌山市生まれでありますので、高野山にはしょっちゅう来させていただいておりました。
 そういう時は、町制がどうだとか、80周年だとか50周年だとか、村かも町かもそんなことはあまり良く分からないのですが、しかしながら、子供の頃からここに来させていただくと、何か有り難い所だなあというような感じがしておりました。
 知事になりまして、もう一度色々高野山、高野町の事を考えますと、3つ新しい経験ができました。それを申し上げたいと思います。
 1つは、ちょうど2年前の今頃ですが、知事選に出ようかということで、各地にごあいさつに伺うために、和歌山県内をずっと案内していただいて回っておりました。
 高野町の富貴に案内していただいて、皆さん集まっていただいた所で、私はごあいさつをさせていただいたのですが、ちょうど雨が降り始めました。その時、雨が降っておるものですから、皆さん傘をさしておられて、こっちは1人ひとりあいさつをしていた時に、どうしてもちょっと濡れる訳であります。その時に、私はビニールの傘を持っておりましたが、1人の女性が、ご自身が持っておられる立派な傘を「これ貸してあげる。換えごとしようか」というような事を言っていただきました。私は、もちろんお断りしましたけども、そのお心に大変胸打たれるものがありました。
 そういう意味で、この高野山の地域、あるいは近隣の地域の方々の心温まる心情に多分(胸を)打たれて、お大師様は、この高野山に本拠を構えたのではないかと思っております。奥の院にまいりましたら、様々なお墓があります。時には敵であったり味方であったり、そういう人がみんな奥の院の中にそれぞれ祀られて、古いお墓の中に眠っておられる。いつまでも憎しみ合うというのではなくて、皆さんで仏様にお捧げしながら安らかに眠ろうという精神が高野山では脈々と引き継がれているのだろうと思います。
 2番目の新しい経験は、昨年の11月の初めくらいでしたか、日本にいる各国の大使の研修旅行先に和歌山が選ばれて、外務省が多くの大使さん、お大師さんではなくて大使さん、アンバサダーをこの高野山、それからその麓の地域に連れてきてくれました。私も一緒に来させてもらったのですけども、皆さんはこちらでお寺さんに一泊させいただいて、精進料理をいただき、唱名(※)を聞かせていただいて泊まったのですが、物凄く感動しまして、外交辞令とは言えない程の物凄い感動を覚えたとおっしゃって、皆さんお帰りになったようでありました。
 実はその直後、外務大臣が知事会の時に各県の知事さんと、それから東京にいる各国の大使さんをみんな集めて、懇親会を開いていただいたのですが、その時に高野山でお会いした大使の方々とお会いできました。「その際どうだった」というような事を色々聞いたところ、これは外交官ですから、普段はあまり悪いことは言わないのですが、皆「良かった」と言ってくれて、目の色を見てると違うぐらい物凄く感動してくれていました。
 世界遺産登録もありましたけれども、そういう高野山の魅力というのが、だんだんと世界各国に認められつつあります。最近は、皆さんもよく外国人の方がたくさん高野山に集まっておられるというのをご覧になっておられると思いますけども、特にフランスなどでは高野山ブームになっているわけです。我々としてはこのブームをもっと定着させて、それで世界から多くの方にこの高野山の素晴らしさを味わうために来てくださるようにしたいと思っております。
 同様なことは、しばらくそれほどでもなかったこの高野山ブームが、日本でもだんだんと再燃しているということであります。そのためには、色んなPRも大事でありますけども、この高野山の外側のインフラ、例えば京奈和自動車道路とか、国道480号とか、そういうところもきちんと整備していく。南海電鉄にも頑張っていただいて、今度は良い電車を走らせていただけるようでありますけども、県としてもそういう所を頑張って支えていかなければいけないと思っています。
 石田先生(石田真敏 国土交通省政務官)は、実は京奈和道路の自民党の応援団の応援団長みたいな仕事をしていただいておりますので、そういう方々に一層ご活躍いただいて、国の支えもしっかり得ながら、全体として、和歌山、それから高野山に人々が来やすいようにしていきたいと私は思っております。
 それから、3番目の新鮮な驚きは、何度も高野山には来させていただいておりますけども、後藤町長と一緒にお寺さんの前を歩いておりましたら、後藤町長が何気なくひょいひょいっとかがんで、目の前に落ちていたゴミを拾われたわけです。今日のように背広を着ておられたのですが、そのゴミをポケットに突っ込んで、あまりゴミ自体は落ちてなかったのですけども、ゴミ箱のあった所まで持って行って、ポイとお捨てになった。これは素晴らしいことだと思いました。はっと胸打たれる感動がありました。と申しますのは、やはり高野山に来たときに感じるような、何気なく子供の頃から思っていた素晴らしさというのは、例えばゴミ1つ落ちていない素晴らしさであったり、あるいはそれぞれに掃除がきちんと行き届いている素晴らしさであったり、あるいは、電線地中化のように景観をきちんと守るような努力をずっと高野山全体でしておられたような、そういうお話であったりするわけであります。しかし、そういうことはずっと町長さんが一人でゴミを拾ってたりされたきたわけじゃ決してないと思います。皆さん全員がそういう意識のもと、町を良くするためにやってこられた。そういうことを推測して私は大変感動した次第であります。
 先程インフラ整備の話をしました。観光客の話もしましたが、県外・国外の人がやって来ても、ゴミだらけの町であったり、あるいは色んな意味で荒んだ風景なんかを見ておりますと、せっかくの文化遺産、歴史遺産であったとしても、それは必ずしも好感を持ってもらえるものではない。そういう意味で、高野山の方々の長年にわたる真摯な努力というのが、現在の将来に向かって花開くであろう可能性を保証しているものだと思っております。
 そういう色んな驚き、感動を与えてくれる高野山は、是非皆さんで守っていただきたいと思います。県といたしましても、その皆さんのご努力をしっかり支えるように、今後とも頑張っていきたいと思います。
 本日ここに集まっておられる方々、町制80周年、富貴村と合併50周年を祝っておられる多くの方々のお歓びに、私どもとしてはますます応えられるように努力をしながら、皆様のご健勝をお祈りしながら、私の祝辞とさせていただきます。本日は誠におめでとうございます。ありがとうございました。

※ 仏を信じ、その名を声を出して唱えること

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