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寄稿・提言・訓辞・挨拶集

新聞・雑誌等への投稿や、各種行事での講演・挨拶、政府への政策提言等を通じて、知事の考え方や政策を紹介します。

第42回和歌山県私立学校振興大会

平成20年10月29日 和歌山県民文化会館/和歌山市

 皆さんこんにちは。
 先ほど決議をお聞きして、そうだそうだと思ったのですが、考えてみたら、「助成をしてほしい」と言われて、しなきゃいけないのは自分であるかなと思いまして、これは困ったなあと。県の財政もなかなか不如意でですね、いろんな所を切り詰めていかないといけないからです。

 教育に関して言うと、和歌山県長期総合計画というのを、去年の4月ぐらいから今年の春まで、一年をかけて作らせていただきました。それで、その中で15、6ぐらい大事な柱を政策として掲げておりますけれども、その具体的な柱の第1番目、これが実は教育についての政策であります。まあただの1番目じゃないかということもあるかもしれませんが、本当に教育については情熱を傾けて和歌山県としてやるべきですので、これを第1番目にもってきたということは事実です。
 それぞれお読みになった方もいらっしゃるかもしれませんが、それぞれの構成はですね、現状と課題というのが、例えば教育問題でも記載してあって、さらにそれについて、具体的に実施する主要な政策として、この10年間かけてこういうことをやっていこうという目標をつけているわけであります。その現状と課題のところだけ、短いものですから読ませていただきます。
 その1、和歌山県の学校教育。本県の学校教育は、地域に根ざした公立学校と独自の建学精神に基づき自主性を発揮している私立学校により担われていますが、共にそれぞれの役割を果たしながら時代の要請に応えるため特色ある教育を展開していくことが求められています。
 これは、課題ですね。
 2番目、子どもたちの学力、体力・健康における課題。学力診断テストの結果等から、基礎的・基本的な事項に関しては概ね満足できる状況にあるものの、読解力・思考力・表現力や学習意欲に課題が見られます。体力・運動能力については、長期的な低下傾向にあるため、体力の向上を図る取組が必要です。また、朝食の欠食等の不規則な食生活や栄養バランスの乱れが生じており、食に関する指導も必要となっています。
 3番目、求められる「生きる力」。これからの時代を担う子どもたちには、社会の激しい変化に対応する実践的な力である「生きる力」が求められています。そのため、他者と良好で適切な関係を築く能力や、より良い社会づくりに関わろうとする意欲を育むとともに、道徳心や規範意識、社会的責任の自覚などを育成することが重要となります。また、良き社会人・職業人として自立していく資質や能力を育成することも必要です。
 4番目、郷土が育む意欲や態度。地域社会における地縁的な結びつきや連帯意識が希薄化する中で、幼い頃からの人間形成の場である「ふるさと」の自然や産業、先人の努力や工夫を知ることは、郷土に対する自信と誇りを持つとともに、自己の在り方や生き方を見つめ直す機会となります。このことから、学校と地域が連携して、子どもたちがふるさとを学び、体感する取組を推進することが必要です。
 5番目、今日的な教育課題。現在は、国際化や高度情報社会の進展に対応する教育や、少子化の進行に対応できる教育システムの構築などが求められています。また、いじめや不登校、暴力行為の発生など、生徒指導上の課題について解決していくことが必要です。
 6番目、障害の重度・重複化や多様化への対応。特別支援教育の対象となる子どもたちの増加、障害の多様化や重度・重複化に伴い、個々の教育的ニーズに対応した指導の充実が必要です。
 これが和歌山県の課題だと私たちは思っていて、いろんな所で議論しましたから、皆さんも思いを共有していただいているものだと思います。そこで本日は、長計で書いてある政策内容、我々がやろうとしていること、これをまず皆さんにお話をして、それから時間があれば、私立と公立の関係・問題について私が考えていることをちょっと申し上げて、それから最後に、湯元選手にこの間お話をいただいたんですけれども、その時に私が感じたこと、特に「自分で考える」ということ、それをお話ししたいと思います。

和歌山県の取組~和歌山県長期総合計画から~

 まず第一に、和歌山県のこれからの教育でありますけれども、まず第一に「確かな学力」であります。この学力については、既に、これは参加されなかった学校もこの中にはあるかもしれませんが、学力テストの結果が出ました。新聞には大阪の橋下知事が、「市町村別に公表して、競争して学校の教育内容を上げるように努力しようじゃないか」、「教育委員会や先生はぬるま湯だ」と言っておられます。私も実は、ちょっと共感するところはありますけれども、実は逆のことを言っています。
 なぜそういうことを言っているかということを申し上げますと、和歌山県独自の学力テストもやりましたから、子どもたちが持っている問題点というのは、私たちなりに分かっているつもりであります。すなわち、特に点になって出ていますけれども、国語の応用力が弱い。つまり、文章を読んで何を考えるか、何が問題になっているか、訴えるものは何だ、何を言っているんだ、それについてどう考えたらいいんだ、というようなことを考える力が弱いというのが、大きな問題だと思います。国語について弱いというのは、英語について弱いことと同じで、多分数学の応用問題についても弱くなると考えられます。そういうことを子どもの時からずっと教育して、きちんとした考える力をつける習慣をつけないといけない。それが国語における、あるいは他の教科における問題点であると我々は思っているし、多分それは間違いじゃなくてみんなそう思っているんじゃないかと思っています。
 そうすれば、そこを高めるためにみんなで考えればいいのであって、学校のテストの点を上げるということは、私はあんまり最終的な目標ではないと思います。おのずと学校のテストの点も上がればそれでよろしい。私が例えば校長先生とか市の教育委員会だとすると、名誉のために知事がうるさいから点を上げろと言われたら、100点満点で5点や10点はすぐ上げられる。生徒に学力がなくてもすぐ上げられます。どうすればいいかというと、模擬試験をすればいい。傾向と対策を教えれば、あっという間に上げられます。だけどそんなことをして、子どもが本当にうれしいかなということは、また考えておかなければいけないことだと思います。したがって私は、別に公開に反対でも何でもありませんが、公開をしろとか、それぞれの所で学力テストの点を上げるために競争しろとかですね、そういうことをあんまり言ったらまずいなあと思うものですから、あんまり言わないようにしている訳であります。
 では考える力をどうして伸ばしたらいいかというと、私は「なぜ、どうして」ではないかと思います。子どもたちが「なぜ、どうして」の気持ちをすぐ持つということを奨励する。そしてそれを鍛える。それは日ごろの学校教育の中で大いに鍛えられるし、家庭生活でも社会生活の中でも鍛えられると思います。私たちは、頑固親父や母親に育てられましたから、「理屈を言うな」といって、バシッと怒られた。これはなかなかいいところもあると思うんです。ところが、本当はそればっかりやっているといけないので、理屈をちゃんと言うということを習慣付けて、それを聞いてあげるということが大事なんではないかと思います。
 いろんな所で私は、子どもたちが参加するお話の会に参加しました。質問は、と声をかけると、「ハイ」といって手を上げるんですね。それで子どもたちは、いろんなことを聞くんです。それに大人や講演者が何か答えると、私にとっては答えになってないということがものすごくあるんです。ところが子どもはそれで納得してしまって、「ハイ」と言ってしまう。これはちょっと問題だと思います。「今のは答えになってないんじゃないか」とか、「ちゃんと答えてよ」とか、「じゃあこれはどうするの」と言って、どんどん聞いてくる、その根性が大事だと私は思います。そういう意味で、すぐに「ありがとうございました」と礼儀正しく言うなと、子どもたちには言いたいと思っております。

 それから、言葉の力。これを伸ばそう。やっぱり読書力が大事じゃないかと思っております。今日、ここにお集まりの皆さんは、割合和歌山市にお住まいの方が多くて、大きな学校に通っておられるので、あまり無いことかもしれませんが、山間部の小学校に通っておられる子どもたちは、十分な図書館機能を提供されていないことがあると思います。そこで教育委員会では、子どもさんが中学校や高校を卒業して家の中に子どもの本はいらんなあと思うような人がいらっしゃったら、是非、それを求めている学校もありますから、そういう所に寄付してあげていただきたいと思います。県庁のホームページ(リサイクル図書ボランティア活動)で、どこが求めているかというようなことが載せてあります。そういう運動をしていきたいなあとも思っております。
 都会の子どもであってもそうですが、本を読むことによる想像力というのが一番大事だと思います。想像力をどうやってかき立てるか、自分の頭の中で、文字から実像とか思想とか、そういうものを想像できる能力があったら、この子はものすごく伸びると思うんですね。それは読書によって絶対に伸びていくんではないかと思いますので、そういうことも大事にしていきたいと思います。

 それから、道徳・お行儀ということを、もう一度我々は正面から取り上げないといけないんじゃないかと思います。そういうことを言うと、戦前の日の丸というよりも日章旗かな、あるいは軍艦旗かもしれませんが、そういう教育の復活だというような人が多い、特に私の子どもの頃なんかは多かったと思います。例えば私なんかは古い考え方の親に育てられて、道徳や行儀についてはガンガン言って怒られたんですけれども、我々がそうやって育てられてみると、そういうことを子どもたちに言っていいのかなあと、躊躇するところがあるんではないかと思います。だけどこれを躊躇しておったら、きっと子どもたちが本当に損をするんじゃないかと思います。
 したがって、道徳・お行儀は、ちゃんと真面目にしてくださいと先生方に申し上げなければいけないんじゃないかな。先生方が、勇気を持って、人間として恥ずかしい行いであれば恥ずかしいと教えてほしい。礼儀を教える時に、「そんな事をしたら・・・」とかいうようなことを考えるのはちょっとやめてほしいと思っております。
 実は、そういうことを議論しまして、もう少しそれを広げてみよう、市民性教育という形にしようというのが、山口教育長のアイデアでありまして、特に、地域ぐるみでそれをやっていこうじゃないか。学校と地域社会が、ともすればいがみ合うとか、無責任な先生と言ってみたり、モンスター・ペアレントと言ってみたりして、お互いに対じしていると一番困るのは子どもですから、そういう意味で、「きのくに地域共育コミュニティ」というのを作って、みんなで子どもを大事にして、躾をきちんとしていこうじゃないか。そういうことを、今モデル校を作ってどんどん増やしているんです。私学については、そういう点については大変きちんとしておられる所が多いと思いますので、同じことをする必要はないと思いますが、精神だけは是非、色々参考にしていただきたいと思っております。

 それから、郷土教育。私は知事になって帰ってまいりまして、和歌山のことを色々勉強させていただきました。それでものすごく多くのことを知りました。同時に、「何にも教えてくれんかったやないか」というようなことも思っております。私は東京の大学に行って、それで就職をしましたが、いつも何某かの和歌山の自慢をしてきました。ところが小さいころ和歌山で暮らしたときには、自慢をする種をほとんど教えてくれてなかった。和歌山には、自慢をする種がものすごく沢山あるんですね。それを子どもたちにきちんと教える。県出身の偉人の話もきちんとやる。県の持っているいろんな問題点も含めてきちんと教える。それから、我々の持っている、誇るべき、自慢すべき材料もちゃんと教える。そういうことも、学校教育の中においては必要じゃないかな。和歌山で育った、あるいは生まれたというのは、我々から取るわけにはいかないですから、誇りを持って生きていくほうがずっと得だと思うわけであります。したがって、そういう様な材料はちゃんと子どもたちに提供しようじゃないかということであります。

 次に就職。実は、今日来ておられる方々のお子様は比較的大学に行かれるんじゃないかと思いますが、大学生は、就活という活動があります。就職活動ですね。就職活動で自分が行きたいところに押しかけていって、向こうからも見られ、こっちからも確かめながら、行きたいところを決めていくという活動を、大学3年生4年生になったらやっています。
 ところが、高校生はそういうことをきちんとやっているか。例えば、自分が就職するであろう所へ行って、ここがいいかどうかということを、きちんとわきまえて、考えて、結論付けてやっているか。そういうことについては多少疑問があるような気がします。高校生は、先生の言うことにはそう逆らいませんから、「君、あそこへ行きなさい」なんて言われたら、「ハイ」って行くことが結構あります。だけど、じゃあその子が本当にそこへ行って楽しく仕事できているか、あるいは逆にですね、ここしかないなあと思って諦めてそこへ行っているかというのが、大変大事なことではないかと思います。就職というのはなかなか厳しいもので、両方の相思相愛にならないとうまくいかないわけです。相思相愛になったら、やる気も出てきます。
 私は、一生その会社で働けと言ってるつもりは決してありませんけれども、その会社の中で、いずれ転職するにしても、伸びないと損ではないでしょうか。伸びるためには自分が没頭できるようなところ、そういう環境を選んでいったらいいと思うんですね。その状況が変わってくると、また次のところへ行けばいいわけで、この就職指導というのは本当にきちんとやらないといけないんじゃないか思います。そういう制度をできるだけ作ってあげて、子どもたちが選べるように、企業が選べるように、相思相愛になるようなシステムを早く作るというのが、我々の責務じゃないかと思うわけであります。
 それから職業観。和歌山県でもインターンシップ(体験就業)なんかがどんどん取り入れられていって、職業に就いておられる人っていうのは苦労が多くて大変なんだ、立派なんだということを、中学生ぐらいの時からずいぶん分かるようになりました。さっきの就職の話、これがともすると、インターンシップの話になってしまうわけです。インターンシップをやってますという話が多いわけです。ところが、インターンシップというのは別に自分がそこへ行きたいと思って行っているわけではないので、職業意識を高める、あるいは職業人に対する尊敬の念を高めるという点については役に立つかもしれないけれども、本当に自分がどこへ行きたいかというのは、やっぱり就職活動をしてみないとわからないのじゃないか。就職活動の世話をきちんとするということと、インターンシップを推進するということを混同してはいけないということを言っております。

 その他、体も鍛えないといけない。特に国体を控えて、スポーツがよくできる人を重点的に育成して、スポーツで誇りを持とうということも、また大事なことではないかと思いますので、そういうこともやっていきたいと思います。それから国際化やIT、そういうことが分かるような人も、育成する組織もしていきたいと思っています。

公立と私立の学校の関係と問題

 これが和歌山県の目標であります。これはですね、私は実は2番目の話になっていきますが、公立の学校も私立の学校も全部同じ問題点を抱えているはずだと思っております。私立は私立で経営をしておらるし、私立の独自性というのを活かしながらやっておられるわけで、それはそれでよろしいわけです。一方教育委員会は、公立学校についての経営責任というのがあります。経営者としての教育委員会の立場というのもあります。それがともすると、私立学校はただの競争企業になってしまうわけであります。一方、本当の教育委員会の使命というのは、和歌山県の子ども全てにいい教育をする。それは私立の力をお借りしてやる、あるいは公立で自分で提供してやる。どっちでもいい。全ての子どもたちに、その時に許される最善の教育をするということを考えるのが、教育委員会の任務であります。ライバル企業はどうでもいいんだなんてのは、それは私企業の理論であります。
 したがって、私は教育委員会あるいは教育行政の基本的な論理はですね、対抗心ではなくて、共助・共同。それから教育委員会という行政はですね、知事もそうですが、目標を掲げて、皆さんに目標を問うということであるし、公立であれば校長先生が自分で考えてその学校内で一生懸命やる。それから私立であれば、経営者も含めて一生懸命やるというふうにすべきではないかと思います。考えてみるとですね、私は公立の桐蔭高校を卒業しました。しかしながら、私の公立の桐蔭高校のお友達のお子様は、私学へ行っている人も、公立へ行っている人も沢山います。そういうことは、その時々に子どもたちがどこへ行きたいかということを決めればいいので、私立は私立、公立は公立、対抗しなきゃいけないなんてことを考える必要はまったくないと私は思っています。ただ、私立のほうも被害者意識が多すぎるといかんわけであります。例えば教育委員会から目標を示されたり、こうしたらどうですかと勧められても、意地悪されるみたいで怖いという様なことを思う必要はないんじゃないでしょうか。例えば私のポジションにおいても、皆さんから沢山の陳情を受けます。ご要望も受けるし、批判も受けます。それはちゃんと聞かなきゃいけないけれども、聞いた上で全てをその通りにしなきゃいけないというわけではありません。その通りにしなきゃいけない恐れがあるということで、耳を塞いでいてはどうしようもないわけです。
 私は実は教育委員会の制度について、私立も公立も一緒にしたらいいのではないかと言って、ちょっとやってみたんですけれども、両方にまだまだ対抗軸時代の残渣みたいなのが残っておってこれはすぐにやってはいけないかもしれないなあと思いまして、一歩引きまして、少し県庁のシステムを改善していこうと思っています。その中で教育委員会が私立を直接指導するというのはやめましたけれども、教育の専門家が総務部にいないと困るから、私立の先生にお願いして、その人に私立の教育もきちんと見てもらって、教育委員会とも連絡もしてもらって、例えば教育委員会が行っているいろんなイベント、例えば後で出てきますが、オリンピックのレスリング競技で銅メダルを獲得した湯元健一選手のような各部門でご活躍されている方々が皆さんの前でお話するような機会があるときに、私立の人にもちゃんと声をかけて、私学の生徒もちゃんと出てくるというように、そういうふうにしていこうと思っています。
 まあ、そのうち疑心暗鬼が取れてですね、うまくやっていけるかなとみんなが思い始めるんじゃないかなあと思っておりまして、これも少しずつやっていこうということであります。
 いずれにしても、和歌山県の教育は、公立の学校へ行っている子だけが大事、公立学校の経営が大事というんじゃなくて、全ての子どもたちが大事ということを、常に心していかなければいけないと思っております。

「きらめき“夢”トーク」で、北京オリンピック銅メダリスト湯元健一選手のお話を伺って

 それから、銅メダルを獲得された湯元選手の話をしたいと思います。教育委員会では、「きらめき“夢”トーク」という取組をしています。正式には「親と子のためのきらめき“夢”トーク」という名前で、有名な人とみんな話をしてみよう。子どもたちが直接話をしてみよう。有名な人というのは、例えばスポーツが好きな人は湯元選手が憧れだろうと思います。しかし、例えば科学者になろうという人は、ひょっとしたら、去年おまねきしましたが、毛利さんみたいな人が憧れかもしれません。それぞれの分野ごとに、自分の目標とするような、興味のある人がいますから、そういう人のところへ行って、直接話をして意見のぶつけ合いなんかもできるようにしようじゃないか。よかったら親御さんにも聞いていただいて、先生にも聞いていただいて、まあみんなが参加してワイワイやろうよと、こういうことであります。
 今回は、つい先日ですが、湯元選手に話をしてもらいました。大変子どもたちが熱心で、必ずしもレスリングで身を立てようというような人じゃなくても、勉強一筋で行くぞというような人も来てくれて、それでいろんな質問がどんどん出て、1時間以上質問の話になりました。その中で、湯元選手が言っていて、私が一番印象に残ったのは、実は、「練習を一生懸命やります。自分で考えて、その時に一番大事だと思った練習をします」ということです。私はこれが極意じゃないかと思っています。これは何も運動の練習だけの極意ではなくて、自分で考えて、それで勉強をするということがものすごく大事ではないかなと思います。ともすると、我々は先生の言うとおりするわけであります。親の言うとおりするわけです。言うことをきちんと聞く子であればあるほどそういうふうになる。だけど考えてみたら、その先生がいつまでも先生でいてくれるわけではない。例えば高校から大学に入る。そうすると、大学にはいい先生もいるわけですが、高校でちゃんと指導してくれていた、そこまで自分を導いてくれていた教育が一瞬視界から消えるわけです。そうすると、自分がどういうふうに大学の中で勉強していって、知識を得ていくのかは、自分で考えなければいけないことになります。それから先ほどの就活というのも大変大事な局面で、大学にはいい先生がいて、みんな好意的に導いてくれるわけですが、会社側からすれば、どこの会社に入りたいぞとこちらが言っても簡単には入れてくれないし、また、どこの会社に行って何をするかというのを真剣に考えないといけないと思います。
 自分の経験をとって考えても、自分の目標は、どんどん変わっていきます。だけど、それは自分で考えて変えていったということが、大半だと思っています。したがって、自分で考えて勉強し、それから、自分で考えて今度は社会で頑張っていくというような、癖をつけていくというか、大事なことなんだぞと子どもたちに言ってあげるということが、私は大事ではないかなあと思います。大学も、入ることが目的ではなくて、何のために入るか、即ち、入ったら何をするかということを考えていくと、今の入るための勉強にも、ものすごく力が湧くわけであります。それから入った時も、いったん指導してくれた立派な先生方が視界から消えますけれども、また新しい目標を自分で考えてポンと飛び乗ることができると思うんです。したがって、その「何をするか」ということが、例えば「お金を儲けたい」ということでも私はいいと思うんですけれども、志とか、任務とか、自分に課したそういうミッションというものがあったら、単に身を立てるぞとか偉くなるぞというだけじゃなくて、子どもたちも勉強にものすごく力が入るんじゃないかと思います。
 同じく「きらめき“夢”トーク」で、本田悦郎さんという、橋本高校を出て、大蔵省に入って、国際派として沢山の外国を渡り歩いて、それで国益のために外国と交渉してきた方にも、お話をしていただきました。彼は、「自分を超える何かのために尽くすということを常に考えておくと、人生ってのは楽しいぞ」ということを子どもたちに言ってくれて、子どもたちもそういうことをものすごく聞いて、それで感動的なやり取りでありました。子どもたちも、真剣に自分の思いをぶつけたりしていて、後で聞いたら「よっしゃ外交官になったるんや」とか言い出した子が結構いるということでありました。
 そうすると、「英語も嫌やなあ、あの先生怖いからやろか」と思っていたところが、「よっしゃ、やらんとあの人みたいになれないなあ」と思ったら、また違うことになってくるんじゃないか。自分で考えて、自分で志を持ち、自分でミッションを帯びて、そういうような教育を私立の場でも、公立ももちろんそうですが、やっていただくと、子どもたちもきっと伸びるぞと思う次第であります。
 今日は、ちょっとしゃべりすぎて時間がオーバーしたような気もしますが、こういう機会を与えていただきまして、皆さん本当にありがとうございました。お礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

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