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寄稿・提言・訓辞・挨拶集

新聞・雑誌等への投稿や、各種行事での講演・挨拶、政府への政策提言等を通じて、知事の考え方や政策を紹介します。

和田正人氏の受賞を祝う会

平成20年7月5日 アバローム紀の国/和歌山市

 和田先生、本当におめでとうございます。私は和歌山県知事として、和田先生のような方の授章式にお招きをいただいて大変幸せであります。そういう方を送り出した和歌山県の知事をさせていただいているというのもまた大変幸せであります。
 私は一昨年の12月に知事にならせていただいて、和田先生は、その少し後で、引退されました。したがいまして、県議の和田先生と、知事の私の関係は、ごく僅かの期間でありました。
 県議会がありまして、知事席に座っておりますと、はるか壇上の方から、和田先生のにこやかな顔が見えます。拝見しておりますと、皆さんよくお分かりでございますが、慈愛に満ちたお顔で、仏様のような方だなあと思っておりました。そういう意味で、ぱっと見た瞬間に、本質を見抜かれていると思っておりましたけれども、仏様というのは、皆さんもそうでありましょうが、実は一番怖いのであります。がみがみと怒る人には肩をすくめているとあっという間に時間がたってしまいますが、仏様の前では恥ずかしいことはできないということではないかと思います。
 私も和田先生が、本当は一番怖かったわけであります。和田先生に笑われるようなことがないような知事でありたいと、そんなふうに思って渡ってまいりました。和田先生のご引退直前の最後の質問は覚えております。その質問の前に、和田先生は半生を振り返られて、大変立派な演説をされました。実は誰かに撮られているかも知れませんが、横の方で涙ぐんでおりました。
 それで先生のご質問の際は、「知事よ、あなたは謝るな」ということでありました。そして、「私はそのように努力したいと思います」というふうに申し上げました。最近たくさん謝っておりまして、構造改善貸し付けを回収できなくて申し訳ありませんでしたとか、近代化貸し付けで債権管理に誤りをきたして時効になってしまって、すいませんでしたとか。
 だけど最近いろいろ思いますけれども、「謝るな」にはもっと深いナイスな意味があって、きっと謝らなくても済むようにいつもせよということを和田先生に言われたのではないのかなあというふうに思っています。私は、現在県庁の行政の仕事については最高責任者。したがって、後生だけには謝ることがないように、自分を含めて、いつも気を配りながらやっていかなくてはいけない。
 もし、そうなった時は謝ればいいけれども、しかしそうならないようするというのもまた、和田先生の教えなのかなと、いつも思い出してはそう考えています。和田先生は、まだまだ私にとっては、仏様でありまして、一番怖い方であっていただきたいと思っています。和田先生の笑顔をいつも心の中に抱きながら、私もそうですが、皆さんきっと、それぞれの人生で頑張っていただくのであろうと思います。そして、和田先生もまだまだ若いですから、これから大いに、この仏様のようなお顔で、皆さんに接していただいて、和歌山のために、そして日本のためにご活躍いただきますようにお願い申し上げまして、私の挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。

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