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寄稿・提言・訓辞・挨拶集

新聞・雑誌等への投稿や、各種行事での講演・挨拶、政府への政策提言等を通じて、知事の考え方や政策を紹介します。

共に生き活きシンポジウム

平成20年2月12日 和歌山ビッグ愛/和歌山市

 皆さんこんにちは。こうして元気な方々が、和歌山の良識を代表されるような方が沢山お集まりのところでお話をさせていただき大変幸せであります。
 堀内先生(紀州わかやま“勤マル”ネット推進協議会座長、和歌山大学生涯学習教育研究センター教授)や塩路専務理事さん(紀州わかやま“勤マル”ネット推進協議会代表、和歌山県経営者協会専務理事)が、「共に生き活きシンポジウム」を開催するので、基調講演してもらえないかとお見えになったのです。その時和歌山県人同士が話すだけでは付加価値がそこに加わらないので、この際に“生き生き人生”と“NPO活動と人づくり”に日本で一番素晴らしい人をお呼びしようじゃないかとして、お越しいただいたのが奥島孝康先生(早稲田大学学事顧問 NPO法人富士山クラブ理事長)であります。
 お話を聞いていただいたらおわかりのように、いろいろと勇気づけられることがたくさんあったと思います。私は奥島先生のお話を受けて、和歌山へのインプリケーション(適応)ということを話したいと思っております。
 どちらから話そうかと思いますが、「マルチライフ」とか、あるいは「人づくり」あるいは「生涯学習」が今回のテーマであろうかと思いますので、NPOというもの、あるいはみんなが仲良くいろんな活動することにはどういう意味があるのかをお話して、その後は、生涯学習だけでなく学校教育も大事だと思っていますので、それもできればお話したいなと思っております。
 まず、生涯学習、NPOというのはみなさんも一員でいらっしゃると思いますし、奥島先生はNPOの権威みたいな人ですが、私の友人に中津川さん(中津川丹 ドコモ・システムズ株式会社相談役)という人がおりまして、後でご紹介しますが、その方も50や100といういくつものNPO活動を沢山やっておられる、マルチな方であります。
 私はNPOというのは2つの意味があると思っています。1つは何かをやるということであり、もう1つは役に立つことをやるということではないかと思います。
 何かをやるというのは、「ただやっているだけで、それがどうした」というのが旧来の価値観であったかと思いますが、奥島先生のお話でもありましたように、やっぱり人間というのは何か一生懸命やっているということ、楽しみながらやっているということが人生を豊かにするものであり、これからますます重要になってくると思います。
 NPO活動をしていること自体がいいことだというのが1つのお話だと思います。ただNPOというのは最近出てきた新しい組織であって、公益法人でもなければ、旧来の婦人会とか町内会というのでもないという、ひとつバスケットを作ってみようというふうなことで作られた制度ですから、私はNPO活動を町内会活動とか婦人会活動とあまり区別する積極的な理由はないと思っています。何でもできるという意味において、NPOほど便利なものはないと思っています。実はやることはいいことだということで、経済企画庁で企画課長だった時にNPO税制というのを作りました。NPOというのはなかなか財政的に大変で、寄付で成り立っているのですが、その寄付をできやすいようにしたらどうかと考えたわけです。その前の年は消費者契約法というのを作り、「今年はNPO税制を作ろう」ということで、企画課長が作戦本部長兼実行部隊長になってやったわけです。作ったのも、何かやることが良いことということなんです。
 ところが、NPO税制というのは優遇です。優遇というのは他の人に対して差別的に優遇するということになります。「差別的に優遇していいのか」と、税制度を所管するところの大蔵省の役人が怒るわけですね。それに対して、「良いことだけをやろうか」とか「社会で認められたいいことだけをやろうか」と言うと、これはNPOの精神に反するわけです。「何が良いことだ」というのは、自分で決めたいというか、NPOの生き様ではないかと思うんです。そうすると、例えば「掃除をするということだけが良いことだ」と言うと、じゃあ「障がい者の方の支援をするというのは良いことではないのか」という話になってしまう。これが難しい、その辺の間をとって制度を作るのは七転八倒の苦しみだったのですが、何とかできました。すべてのNPOに使えるわけではないのですが、大きなNPOなら使える形になったかなということであります。
 さきほど先生のお話にもあったと思いますが、みんなと一緒にやるということは楽しいことです。私は「紀の国いきいきトーク」というのをやっていまして、県内でグループ活動している立派な方々のところを訪問して、皆さんの活動の目的や活動することの楽しさなどについて、いろいろお話させていただいています。県庁のホームページ「ようこそ知事室へ」にその内容を書いてあります。みんなそういうのを見て刺激され合えばいいじゃないかという考え方でやっています。その時、非常に多くの人に何が楽しみでやっているのかと聞きましたら、その目的に加えて「ここへ来ると仲間がいる」っていうのがものすごく大きいんですね。気の合った仲間がたくさんいて、あんまり束縛されないで、出入りも自由自在でやっているようなそういう生き生きした組織というのは和歌山にたくさんあって、これがNPOになっているのかいないのかは別にして、たくさんあっていいことだと思っています。
 面白いことが大事だというのは、その通りだと思っています。面白いといっても、人にきちんと説明ができるような面白さがいいことです。例えば、面白くてこっそり犯罪をやっていたら何の意味もないわけで、したがって名乗りを上げて面白いと言えることをするのがいいのではないかと思っております。名乗りを上げることによって反社会的なことではなくなるわけですから、名乗りを上げて面白いというのがいいじゃないかと思います。どうせやるんだったら、更に社会に役立つことができるともっといいなということになると思います。例えば、ふるさとの清掃なんかは、先程のお話にありましたが本当にみんなの役に立ちます。私も実は出勤途上で、宗教団体の方が清掃をされているのを見たことがあります。あるいは、若者が清掃しているのを見たことが多々あります。そういう姿を見るたびに立派だなあと思います。
 そういう意味で、人々の役に立つことをするともっと嬉しくなるのだろうと思います。そこに、最近の流行言葉ですが、役所など公の機関とNPOとの「協働」という言葉、出てくるのではないかと思っています。ただ、これはものすごくいいことでありますけど、自戒の念をこめて申し上げますと、役所が丸投げしてはいけないと思います。役所は皆さんからの税金でもって養われているわけであります。それをNPOに丸投げして協働だということが、ちょっと中央官庁を中心にして、そんなのが過ぎるなあと思う時もあります。そういうことになると、NPOだけがいればいいんで、役所なんかいらない、整理されてしまえと、こういうふうに思われても仕方がない。だからちゃんと自分もしっかり仕事をしながら、手伝っていただくところはお互いに手伝っていただくということがいいのではないかと思っております。
 私も関心させられることはたくさんあるのですが、その内でも一番は、上富田にある朝来(あっそ)駅における活動です。その駅は、まさに子どもたち、高校生も含めてNPO型の奉仕によってきれいに整備され、それで運営されています。それを見ると、落書き1つありません。若い子が落書きするというのは結構ありますが、自分がペンキを塗った物に落書きする人はいない。みんなで良いことを作りあげていくという非常にいいことじゃないかなと思いました。
 もう1つは、NPOの社会活動における正当性をどう考えるかということです。難しい問題だと思います。決して和歌山県というわけではありませんが、一部のNPOの方々には、「私は良いことをやっている、だから認めてしかるべきだ」と、「認めない人はとんでもない人だ」というふうに思う人もおります。だけど価値観は非常に多様化しているので、必ずしも正当性を得ているかどうかはわからない。正当性を得るためには、例えば選挙の洗礼を受けるとか、あるいは公の議会の承認を受けるとかの手続きがいるのだろうと思います。常識から考えて正当なものは正当的なんですけど、それが限界を超えたときには、いろんな価値観の対立を生むのだと思います。その時に「私はこんなにいいことをしているのに認めない人はだめだ」と言って、ものすごく頑張るような人は、ちょっとやり過ぎかなと感じるところも時にはあります。
 私自身は何をやっているかといいますと、あまり自慢できることをやっておりませんが、ひとつだけ立派なNPOに実は名前だけお貸しして、応援をしているふりをしているのであります。これは「富士山クラブ」でありまして、実は、昆虫のお友達の中津川さんに誘われまして「富士山クラブ」応援の100人という、先程、王(プロ野球、前ソフトバンク)監督など立派な方々が沢山出てこられましたけど、そういう中に入れてもらっています。会費を払ってもないし、奉仕もしていないのに、これでは申し訳ないと思いながらやっています。
 もう1つ、真面目にやっているのがあります。これは、「アンリ・ファーブルの会」といって奥本大三郎さん(フランス文学者、埼玉大学教授)が作りまして、これは理事にもなって会費も払って、ぐっと後ろから支えたりしています。その他、蝶の会にいくつか入って、その分野ではマルチな活動をやっています。
 いずれにしても、どこへ行っても、人との付き合いというのは大事であります。別に趣味の世界だけじゃなくてみんな大事だと思います。中津川さんはこの会場にいらっしゃいますが、実は元NTTの方でありまして、通産省の外郭団体に出向してこられてものすごく立派な仕事をされ、それからNTT系の会社の社長になられました。私とはずっと昆虫のお友達でありまして、ブルネイにおりました時に、暇にまかせて蝶を採っていたわけですが、中津川さんもブルネイに蝶を採りにお越しになって、一緒に山へ登って汗をいっぱいかきました。今回も、堀内先生等からお話があった時にこれでいこうと思ったのは、中津川さんとの縁であります。縁はずっと大事にしたらいいな。それもマルチの生活をしているからできた話であって、有難いことだなあと思っています。
 ただ好き放題やっていますけれども、時々、先ほどの正当性というか、人が見るとどうかなということも考えながらやっています。実は私はブルネイの王立研究員になっていました。これは何でなったかというと、いい格好するためになったわけではなくて、こういう活動をやっている人は一人しかいなかったからです。私はブルネイの研究員になった後、ブルネイで許可をもらいまして、論文をブルネイに置いてきました。また、標本は結構時間がかかるんですけども展翅して、半分をブルネイの博物館に寄付をして帰ってきました。そしたら、いろんな人が褒めてくれまして、逆に他国の人たちは、「お前は蝶々まで外交に使っているのか」とか言われて、バタフライディプロマシー(外交)の日本大使とか言われたわけです。別に、図ってそういうことをしたわけではなく、同じマルチの活動をさせてもらうにしても、社会と共に生きなければいけないと思ったからそうしただけです。
 こういうことで、楽しみながら生涯学習をするということは本当に大事だなと考えております。ただし学習は、私は生涯学習にとどまらないと思っております。例えば、学校教育においても、ちゃんと生涯学習で語られていることを、全部きちんと子どもたちに教えなければいけないということをずっと考えてきました。
 今日、予算の事前発表をしましたのでもうすぐ明らかになってきますけども、今年、初等中等教育における和歌山モデルを是非作りたいと思っております。今、和歌山は何が起こっているかということを政策課題として考えると、第1は、ちょっと心が寂しくなっている若者がいっぱいいるんじゃないか、若者を守るべきコミュニティに、母親が登場してかえって先生と対立したり、先生が道徳を堂々と語れなくなったり、そういうことが起こってはいないだろうか、ということを考慮してもっと市民性を高めるような教育をしていかねばならないと思っています。それから第2に、地域との結びつきが教育の現場でなくなっているではないだろうか。3番目に確かな学力をつけるということで、学力の向上を図ってきたけれども、本当にそれは自力がついているのか。例えば、試験をすると成績が悪い。それは私は全然構わないと思いますが、考える力というのをちゃんと子どもたちはつけているかの方が大事で、そのために読書をできる環境になっているかというようなことを全面的に見直して、今年は教育をやっていきたいと思っております。
 もう1つ刺激というのがあります。日常的な環境の外側からいい刺激を受けられるようになっているかということを考えていかなくてはいけないということであります。したがって、どういうことをやるかというと、市民性の育成のために第1にコミュニティと一緒になって子どもたちを育てようという運動を行っていこうと思っています。もちろん、学校の授業でも総合学習などを使って、あるいは人権とか正義とか行儀とか動物愛護とか、きちんと教えるということを勇気をもってやろうというのがあります、もう1つは地域コミュニティと一緒になって地域ぐるみで子どもたちを守り育てようということをやっていこうじゃないかという和歌山モデルを作っていきたいと第1に思っております。
 第2によき職業人を育成しようじゃないかということです。これは例えば、高校生で就職した人の離職率というのは、和歌山だけではありませんが、すごく高いわけであります。就職のお世話をちゃんとしているか、自分がこういうところに行きたいという夢を持ちながら、先生がパッパッと1から順番に割当てるだけで、就職して夢が破れて離職するというような子どもたちを放置してはいけない。それから職業意識というのはどういうものかということを、みなさん社会人が子ども達にちゃんと教えなければいけません。大人はどうやって苦労しているかということもきちんと教えなければいけません。そういうようなことを産業界と一緒になってきっちりやっていこうじゃないかということです。
 それから、もう1つは刺激という意味において、皆さんのようなその道の先達、あるいは奥島先生のようなものすごく立派な人、こういう人のお話を子どもたちに聞かせて、「よし!これはここで頑張らなイカン」と思わせて、勉強しているのが嫌嫌じゃなくて、こうやって頑張ったら、ああいうふうになれるということをわかって勉強させるようにしないといけないのではないかと思うわけです。例えば、昨年の秋ですけど、宇宙飛行士の毛利衛さんにお越しいただきました。それで、志願制で和歌山市内中心になりましたけど、高校生に来てもらって対話講演会をやりました。毛利さんの話もものすごく良かったわけですが、見ていますと、子どもたちもものすごく立派ですね。子どもたちは、勉強というのは何のためにやるのか、何が勉強か、そんなことが良くわかったと思います。そういうことをどんどんやっていく教育にしたいと思っております。
 3番目は、ふるさと学習であります。これは話せば長いのですが、和歌山に対してちゃんとした知識をもって、誇りをもって語れるような子どもを育てようではないかということです。そしたら和歌山のために尽くそうという子どもも増えるし、他県に行ったときも郷里のことを誇りをもって語れるわけです。私は割と真面目な学生でありましたけど、高校まではまったくそういうことは教えられませんでした。これはどういうことだと、一握りの好事家、郷土史家だけが和歌山のことを知っているというのはおかしいじゃないか、みんなが和歌山のことをわかってから大人になっていこうじゃないかと、そういうふうに考えております。
 4番目に言葉の力の向上と読書活動を推進する。例えば山間部の学校などで本が少ないようところもあります。そういうところにはみなさんに協力していただいて、例えば読書応援団を作って、みなさんのお家にある、読まなくなった本をどんどん供出してもらってそこへ持っていけば、それによって読書力に目覚めて立派になる子どもが出てくるのではないか、そんなようなことも含めてやっていきたい。
 それから、外部人材を登録しておいて、さっきは奥島先生のような立派な方と言いましたが、勉強のことだけではなくて、例えばスポーツ選手とか芸能人とかもみんな苦労しながら大きくなっている。その苦労の状況、あるいは若いときのそれぞれの思い、そういうことを語ってもらおうじゃないかと、そのようなことであります。
 そのようなことを、いろいろこれから来年度からだんだん実行に移していこうとしており、和歌山の学校教育はそういうふうにして、みなさんと共に生涯学習もどんどん実りの多いものにしていきたい。それによって和歌山は心を取り戻して元気になっていくと思います。
 最後に、何と言ってもそういう雰囲気あるいは風土というのは、政治によって左右されると思います。票をあげるから何かをやってくれという見返りモデルが、どんどんはびこるようでは話にならない。知事が捕まるようでは話にならない。私は人によく「嘘の1つもついてでも楽しませてくれよ」とか、「お前なんか堅苦しくて政治家らしくないなあ」とか、「嘘の1つもつけない」とか言われます。けれども、絶対に嘘はつかない、真面目にひたむきに頑張るという風土を作っていけば、だんだんとそれが和歌山の評判にもなり、和歌山の力にもなり、それから外からの助力の元にもなると思います。そういう意味で知事としても、辛抱して頑張ろうというふうに思っております。皆さんのご協力を今後とも得たいと思っております。
 ありがとうございました。

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