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寄稿・提言・訓辞・挨拶集

新聞・雑誌等への投稿や、各種行事での講演・挨拶、政府への政策提言等を通じて、知事の考え方や政策を紹介します。

技能者のつどい

平成19年11月10日 雇用・能力開発機構和歌山センター/和歌山市

 皆さんおはようございます。第41回和歌山県技能者のつどいの開会にあたりまして、一言ご挨拶をさせていただきます。
 今日、表彰をお受けになる技能の名人がずらっと並んでおられる前で、こういうふうにお話を申し上げることができるのは大変喜ばしいことだと思っております。実は、恥をさらすようでありますが、先程、皆さんのそれぞれの出身母体の展示を拝見させていただきました。その中に、樹木の名前当てというのがありまして、誘われましたので行ってまいりました。実は内心自信がありました。ところが、3つ間違えてしまいました。まだまだ修行が足りない。それも当たり前でございまして、例えば、皆さんのようにずっと修行をされて名人になられた方と比べますと、私なんかちょっと山に遊びに行ってるというぐらいですので、全然違う。そういう絶ゆまざる努力によってこうやって表彰に上られた皆さんのような方々こそ、和歌山の誇りであり、すばらしいことだと思っております。
 この和歌山は、たくさんの技能名工を生み出したところであります。例えば、徳川時代、左甚五郎という人がいた。私は実は、最近にいたるまでこれを知らなかったんでありますけれども、日光の陽明門で世界的に有名な彫刻をしておられる。あちこちにその足跡が残っているこの方の出身は、実は粉河であります。和歌山なんです。教育委員会がおられますけれども、これをですね、新島(県議会)副議長にも私にも教えていないというのはどういうことだと。皆さんにもひょっとしたら教えないといけない。我々はこういうイベントをとおして皆さんのような技能者を生みだしている。こういう風に思うわけであります。それから、長保寺という海南の下津にある立派なお寺で、法隆寺と並んで大門があって、本堂があって、多宝塔があるという、この3つが全部国宝であるというのは、日本で法隆寺とここしかありません。そこへ行って、色々お話を聞いたりしておりました。それで左甚五郎の話もわかったんでありますが、その後ろは徳川家の墓所になっておるんです。墓所に行きまして、南龍公徳川頼宣初代官寺ですね、この方の墓所を見ました。そうしますと、石を敷き詰めてあるんですけれども、その石の敷き詰めてある間から、まったく草が生えない。「抜いてるんじゃありません。」と言うんですね。ちょっと隣に八代目の当主のお墓がある。同じくらいの大きさなんですけれども、そっちは草が生えるんであります。それだけですね、名工がきちんとした仕事をされる。それでその名工をですね、頼宣の時代もそうですけれども、吉宗さんがまた関東にも連れて行って、それで日本の技術がそこから伸びる。例えば、関東平野でいくつかの土木工事がありますけれども、この土木工事を実際に技術的に支えたのは、紀州の名工たちでありました。皆さんはその足跡を継いでおられるということで、本当に嬉しい限りであります。大変なご修行だということを色々思い浮かべてみられますと、いろんな思いが浮かぶことと思います。それぞれ今となっては貴重な思いであり、これから次世代の方々にまた伝えていただきたいと思う次第であります。
 企業誘致などに回っておりますと、和歌山では今ちょっと働く場所が少ない。少ないから働いている人が少ない。当たり前であります。そうすると、出てくる言葉は、「人材はいますか。」ということです。人材がいたら私たちは行くんですけれど、と言われることがあります。私はそのたびごとに答えております。「来てくれさえすれば、和歌山は人材がものすごく豊富なんです」といってですね、先程のような話をたくさんするんであります。
 大学も高専も数少ないですけれど、みんなそれぞれ第一線で頑張ってくれています。それから皆さんのような技能を継承されている方もおられる。こういう伝統を是非誇りを持ちながら生かして、それをできるだけ我々はPRして、子供たちにも教えていく。それで「技能王国和歌山」の伝統を守っていきたい。そんな風に心から思っております。そういう意味で、皆さんのこれまでのご健闘、改めて感謝を申し上げますとともに、今後のますますのご研鑚を是非お願いしたいと思っております。本日はどうもありがとうございました。

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